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これにて
立っているのはさきほどまで格子越しにのぞきこんでいたあの座敷で、庭を背にした『先生』が畳に手をついてこちらをみあげて微笑んだ。
後ろの庭は雨があがったばかりなのか、あちこちで水が陽にあたってひかり、雨があがったあとの匂いが、むっとした暑い風にながされ部屋にながれこむ。
あ、と思い顔をめぐらすが、さきほどヒコイチがはこんだあの鉄のろうそくたてなど、どこにもみあたらない。
ゆめか、うつつか・・・
まだすこし、ぼう、とした頭で考えたとき、りんとした声がつげた。
「 これにて、わたくしの『おはなし』は、しまいにございます 」
ぱしん、ぱしん、と庭に面した障子が音をたててつぎつぎと勝手にしまり、驚いたヒコイチが気づいたときにはもう女の『先生』はおらず、座敷のなかに運んだ、黒くて重い燭台にかこまれて、ヒコイチだけが立っていた。




