こわい
すると、―― 。
「 『 ・・せんせい?ああ、せんせい? そうでしょう? 』 」
おさえこんで男の口から、うれしげな女の、《かわいらしい》声がもれでた。
「ち、ちがう!なんだこれは!」
男はおのれの両頬をおもいきりたたきはじめる。
その姿に、ヒコイチはぞっとする。
こらえきれなくなり、おのれの腕を右と左の手でかばうようにおさえ、男から数歩はなれる。
「 『 せんせい、たすけてください、 ここは くるしくて、 それに 』 やめろお!!
」
女と男の声を一人で演じる『先生』は、もはや口をふさごうとはせず、怒りで染まった顔をあたりにむける。
「どこだ!なんのまやかしだ!あの女はどこにいる!」
どうやら、さきほどまで『こわいはなし』をしていた女をさがしているようだ。
「 『 いやだ、せんせい、わたしはここに、
ずうううううううっと おりますよ 』 」
男の口からこたえた、わらいをふくんだ女のかわいい声が、
―― こわい。
おのれの頬を叩く男が立ち上がり、せかせかと部屋の中をまわる。
「どこだ!どこにかくれた!ここは、どうやって出るのだ?」
おかしなことをいいながら、ついには部屋の中を走りはじめた。
すると、むこうの池の上にたまっていた《白い煙》が、みるまに寄って細長くなり、蛇のように頭をもたげると、まっすぐに、こちらめざして流れてきた。
ヒコイチのみている目の前で、部屋を走りまわる男の口へと、ながい煙はどんどんと吸い込まれてゆく。
とん と、ヒコイチの背中がどこかの壁についた。
ここを出たい。
こわくって、これいじょうこの部屋の中にいたくなかった。




