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池に煙でる
ヒコイチは、さきほど女の『先生』がいたところに立ち、むかいに座り口もとをおさえるよう手で覆っている男をみおろしていた。
それから、なんだか気になった庭をみやる。
すこし前までまぶしく暑く照らされていた庭は、いまは雲をとおしたうすい光に安堵しているだろう。
だが、やはり、蝉も鳴かない庭にはどこか生気がない。
ふいに、 ―― 湿った匂いがしたと思ったら、すぐに、枯れて立つハスの葉が雨に打たれだす。
音は大きく激しくなり、庭の池の水ははねかえり、枯れたハスたちがしろくけぶるほどに降ってきた。
いや、雨でけぶっているだけではない。
庭のハスといわず、池の水からも、《白い煙》がゆるゆると、のぼっている。
それはゆっくりと漂うようにひろがり、大雨だというのに、池の上はあっというまに白い煙におおわれた。
「 『 ・・ああ、・・くるしい・・ 』 っひいい!なんだ!これはっ 」
自分の口が苦し気な女の声をこぼすのをどなりつけるように、男がさけぶ。




