『はなし』は ここまで
「 ―― それでは、・・・その娘は、く、るった、という話なのですか?」
ひとつ息をのみ、言葉をつまらせききかえす男に、女はゆっくりとうつむいた。
「 あれは、・・・ええ、そういうことなのでございましょう・・・。 かなしく、くやしいことでございますが、もう、ヤエちゃんは、・・・自分の名も思い出せず、いまどこにいるのかもわからずに、 ―― ただ、『先生』だけを、さがしているのでございましょう・・・・」
さらにうつむく女のむかいにすわる『先生』の顔が、とたんに力のぬけたものへ変わるのを、ヒコイチはみとどけた。
「 そうですか。 それは・・・、―― たしかにおそろしいはなしだ」
うなずくようすは何かに安堵したように、くちもとがゆるんでいる。
自分でもそれに気づいたのか、口もとをかたてでおおう。
すると、うつむいていた女が首をあげ、音もたてずにすっと立ちあがると壁際へとむかい、「わたくしの《おはなし》はここまででございます」と、ともっていたろうそくの火をひとつ、ふっ、と吹き消した。
ぼっ ぼっ
勝手に火が付いたのと同じ音をたて、部屋をかこむよう置かれたろうそくの灯がつぎつぎ消えてゆく。
庭を背に座った男の背後、あけはなたれた障子の両側にあるろうそくのあかりだけが残る。
部屋の中が急に薄暗くなっているのにヒコイチは気づく。
外の陽が、いつのまにかかげっている。
燭台の火が勝手に消えたことに、なにかをいいかけた男の口があいたままで、そこから、
『 ・・ ああ ・ ・』 と、重い息のような、《女》の声がもれた。
「 っひ!? 」
男が、おのれの口がなにか、《しくじった》かのようにたたいて、あわててふさぐ。
いつのまにか、壁際にいたはずの女の姿が消えているのに、ヒコイチは気づいた。
それとともに、どういうわけか、自分が男と同じ《座敷》にいることにも。




