『こわい』はなし
しばらく、イヤなはなし、つづきます。
その日からは、ただ、会えて、いっしょにいることが嬉しくて、『先生』にいわれるまま、金をとどけ、世話をやき、―― どなられてもなぐられても、そばを離れなかった。
「『先生』のほうは、はじめのころはそれこそ連れ歩いてお友達に、《故郷を捨てて自分をおいかけてきた女だ》などと、どこかじまんげに話しておられたそうですが、それにも飽きると、ヤエちゃんにここまでの道中のはなしを無理にききだし、《それをおれが書いて世におくりだしてやる》などと言い出したそうでございます」
「 おくがた、」
なにかに耐えかねたように、力と怒りがこもったような声を、男は発した。
なんでございましょうか、と女がそのままの声でききかえす。
「・・それは、・・・奥さまがじかに耳になさったお話なのでしょうか?」
「ええ。―― ああ、ちっとも『こわくてふしぎな』はなしにならないとお思いなのでございますね。・・・でも『先生』、ここまででもじゅうぶん、わたくしには《こわい》はなしでございます。―― 自分を追ってきた若い娘の不幸を文字にして世におくりだすなど、『こわい』いがいのなにでございましょうか?」
―― 《おまえがどれほどのことを耐えぬいておれのもとへ来たのかを知りたい》
「 などと、すべてを受け入れるかのようにみせかけて聞きだして、きいたあとに 」
―― 《おまえはそんときから男をあいてに商売するのがむいてたんだな》
「 手のひらをかえしたようにさげすんでつきはなし、親にもいえないような話を世にひろめるなぞ、人のすることでございましょうか? ・・・あの、おとなしいヤエちゃんが、 ―― 刃物をにぎってきりつけようとしたのも当然で・・・、その刃をうけて『先生』は動かなくなり、われにかえったヤエちゃんは、―― そこから、正気には、 もどりませんでした・・・」




