『先生』は先生ではなく
「 ヤエちゃんが言っていたように、『先生』との仲をあやしんだ人はだれもおりませんで。どうやら、『先生』がおいだされたのは、べつにわけがあったようでございました」
ここで、女のおさえたわらいがもれた。
「―― どうやら、ニセモノだったらしいのです。 田舎者でも知っているようなご高名な先生の名をかたり、その土地の名士のお屋敷に長い間寝泊りして旅の宿代を浮かそうとするような、ケチな『カタリ』、でございます」
「 ・・・うむ・・きいたことはあるな。 むかし、よくあったと・・・」
うけこたえる男は、こもったような声で言い、腕をくんだ。
女はそれに、わらいをこらえるようにうなずいた。
「田舎者あいてとあなどったのでございましょう。 本物の『先生』のお顔を知る者が、ヤエちゃんのお屋敷へ行って『先生』をさがしまわり、そのカタリ当人に、『先生』はどこだ、ときいている最中にヤエちゃんの父さまがいらして、―― 偽の『先生』は部屋にかけもどると、自分の荷物をつかんで、そのまま窓から逃げて行ったそうでございます」
ほほほ、と高いわらいごえがひびくが、男はそのわらいにつられることはなかった。
いくらか赤くなった顔をこわばらせると、「・・・奥さまは、どうやらここでやる『百物語』のことをご存じないようですね」と口のかたほうをひきつらせるように笑い顔のようなものをつくった。
「・・・『楽しい思い出話』をするために、ご主人がこのような手間をかけているのではないのですよ。『百物語』とは、一人ひとりが《こわくてふしぎな話》を終えるたびに、このように灯したろうそくを消してゆくのです」
部屋をかこむように置かれたそれらをしめす。
男に、《どうだ》という顔をむけられた女はそれを受けうなずいた。
「ええ、それはぞんじておりますよ。 ―― ヤエちゃんのはなしは、『楽しい思い出』などではございません。 たとえ、・・・ここまでのはなしが笑ってしまうようなことに、きこえたとしても」
声がつめたいものになった。




