女の『先生』が始める
「ほんとうに。『みため』なぞ、・・・・ねえ」
女の『先生』の声が男のように低くきこえたとき、部屋をかこむろうそくの炎が、ぼお、とたかく燃え上がった。
「おお、風がでてきましたね」
じりじりと音をたてるろうそくをみやり、障子を閉めましょうか、とたちあがりかけた男を、「いえ、あけたままで」と女がとめる。
声はまた、女のものにもどっている。
そこで女が、格子からのぞくヒコイチのほうを見た気がした。
「 では、―― わたくしが先に、《おはなし》をはじめてよろしいでしょうか」
「え?ダイキチさんを待たないのですか?」
「遅れてくるというのですから、きっとまだかかりましょう。 ただお待ちいただくのもつまらないでしょうし。わたくしのはなしでよろしければ。 ―― それとも、『先生』がお先になさいますか?」
「いや。それならば奥さまの《おはなし》をききましょう」
お愛想のようなわらいを浮かべた男は、やはりこの女をダイキチの奥方と思っているようだ。
女はヒコイチのときと同じように『奥さま』をうちけすこともなく、それでは、と膝前の着物をなおすように座りなおした。
「 ―― これは、わたくしがまだ若かったころのはなしでございます。―― わたくしの幼馴染にヤエちゃんというかわいらしい女の子がおりました。 このヤエちゃんがほんとうに心根がきれいなうえに、そりゃもう器量よしな子で、そのうえ村で一番おおきな家の、だいじなひとりむすめでございました。 ・・・わたくしの母がこのお屋敷にときたま野菜を売りにゆくので、子ども同士いつしか仲がよくなったのですが、そこはやはり、身分の差というものが。―― それでもヤエちゃんはずっと、仲良くしてくれました」
女はその思い出をいとおしむようになんどかうなずき、息をついだ。




