水じまん
膝をついて一度それを置き、すみから座布団を部屋のまんなかへ持ってくると、さあどうぞ、と男にすすめた。
「 なんだか、今日はいちだんと蒸し暑うございますねえ。 つめたいお茶にいたしましたが、お熱いほうがよろしかったでしょうか?」
「いえ」
いただきます、と庭を背にして座布団にすわった男は、そのまま湯呑に手をだした。
その様子に『先生』がうれしそうにうなずいている。
「 ―― うちの庭にはいい《湧き水》がございましてね・・・。お茶をいれるときはその水をつかっております。近くのお茶のせんせいも、『味がかわる』とほめてくださるほど、おいしいのですよ」
ヒコイチも、ここでもらったお茶を思い出す。
が、たしかにまずくもなかったが、そんなにうまい水だとは気づかなかった。
男は、はすむかいに座った『先生』の水自慢に、ただ、ほう、とか、へえ、とかうなずいている。
「・・・ところで、こんど、《先生》の書いたおはなしが本になられるとか」
女の『先生』が男の『先生』を、うかがうように首をのばしてみあげる。
男はひどく嬉しそうな顔のあとに、困った顔にしてみせた。
「ああ、なに、 あれはまだ、決まったはなしじゃないのです」
「それは、・・・一条のぼっちゃまがやっておられる『会』かなにかで、出されるのですか?」
女の『先生』の問いに、男の『先生』はむっとしたようすで口をまげた。




