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あの男
男は着物の袖の中に両手をいれ、夏の陽にあぶられる庭を、池を、ながめている。
それをうしろからながめるヒコイチは、なぜか寒気がおさまらない。
「 枯れて汚いその姿を、まださらし続けるか・・・ 」
ああ、この声は ―― 。
街中で、ぶつかりそうになった男をようやく思い出す。
酔って大声でさけび、男たちをひきつれた。
あのときとちがい、静かな気配で、しっかりと立ち、なにやらひどく堂々としてみえるが、かえってそれが嫌だった。
「おまたせいたしました」
突然、ヒコイチの後ろから女の声がした。
ふりかえってみるが、だれもいない。
「 ―― まだすこし、主人が遅れてまいるようなので、まずは、お茶でもいかがでございましょうか」
のそいている部屋の右手から、あの女の『先生』があらわれた。
手には盆をもち、お茶がのっている。




