こちらでございます
礼を言う娘がろうそくをたて、ヒコイチがその燭台を、庭にめんした座敷へと運んでゆく。
最後の二本をはこぼうとしたところで、「どなたかいらっしゃるか」と玄関のほうで声がして、はーい、と娘がでていった。
主人が指示したとおりに座敷を囲うようろうろくを置き終え、首の汗をぬぐうヒコイチの目が庭になにかをみとめた。
顔をあげてみれば驚きで声をあげそうになる。
あの、『先生』が、池を背に立ち、こちらをじっとみつめている。
「こ、りゃ、へい、どうも」
驚いたことを隠すようなごまかすような、おかしなあいさつをしてしまう。
女はあのときのような笑顔はみせず、ただ頭をさげる。
いつから・・いや、なにか、怒っていなさるか?
ダイキチとの仲をさぐるようなはなしを、ぼっちゃまとしたことを思い出す。
もう一度、だまって頭をさげようか考えていると、とたんにあの、覚えのある寒気が背をかけのぼった。
ぼっ ぼっ
炎がはぜるような音がして、座敷を囲うように置いた鉄の皿の上、たてたろうそくがつぎつぎと、勝手に火をつけた。
「こちらでございます」
娘の声がきこえ、この部屋にはいっちゃならねえ、と振り向いたときには、
――― ヒコイチは、はじめにろうそくを運び入れた『納戸』の真ん中に立っていた。




