『ほんとうの家』だから
ろうそくを担いだヒコイチを待っていたのは、初めて訪れたときに手紙を託した若い下女で、旦那様はまだなので、奥でおまちください、と通された。
まだ、十五、六だろうと思われる娘には、どこか遠くの方の訛りがききとれた。
このお屋敷はあまりお客様もこないので、と固いようすで先をゆく娘の気をほぐそうと声をかける。
「こんな立派なお屋敷じゃあ、掃除もさぞ、手間だろう?」
「いいえ、ここのお掃除は、決まった日にみんなでやるんで、楽しいンです」
振り返ってこたえた娘は思った通り、遠くのほうから《下駄屋の番頭さんだったおじさんによんでもらって》来たのだと話した。
ふだんは《下駄屋》のほうと、《おじさん》の家で《見習い》をしているという娘は、ダイキチのあとを継いだ番頭の親戚であるらしい。
「 このお屋敷は、旦那様には《ほんとうの家》だから、商売でつながってる人はいれたくねえってことで、おじさんによばれたあたしがきてるんです。 おじさんの娘のミヤちゃんがもっと大きくなったら、ミヤちゃんがきます」
ミヤちゃんはまだ三つで、すごくかわいいんです、と口元に両手をあててわらう娘もかわいらしい。
どうやらダイキチは、この屋敷に《いれる》ものを選んでいるらしい。
娘がおもいついたようにふりかえる。
「 ―― でも、その掃除の日だけ、いろんなところから人が集まって、おもしろいお話がきけるから、楽しいンです」
「おや?《下駄屋》の人たちじゃあねえのかい?」
「はい。旦那様のお知り合いの方たちで」
「それじゃあ、あれか。『先生』みたいな人たちか」
「『せんせい』? いいえ、お医者様はいないとおもいます」
「お医者じゃなくて、ほら、 ―― ここにこないだもいた、『奥様』みたいな女のひとが、旦那さんに、『先生』ってよばれてるって聞いたんだけどよ」
「『こないだ』?それって、このまえヒコイチさまがきたときですか? やだあ、わたしと旦那様しかいませんでしたよ」
困ったようにわらう娘が自分を『さま』よばわりしているのも気にならなかった。
「・・・いや、だって、お茶とかを、」
「ここでは旦那様がご自分でなさるんですよ。 だからあのときも、わたしはすぐに帰されて、あとは旦那様がお茶をいれたりなさるんです」
めずらしいでしょう?と首をかしげるようにきかれ、ただ、ひとつうなずいた。




