ここではないところで
落ちた粉を払うのを年寄りがじっとみているので、また汚した、と、どやされるのかと思ったのに、「・・・ヒコさんや、ぼっちゃまには聞けなんだがなぁ、・・・」とばあさんは急に声をひそめた。
「 ・・・キナン町の下駄屋の旦那さんのところにおる『奥様』は、 どこからきなさった?」
「はあ?・・・いや、あの方は『奥様』じゃねえみたいだ。 『どこから』って・・おれは知らねえが・・。どうした?」
このばあさんはいまどきめずらしいほど、他人のうわさばなしをしない。
そこを気に入られてぼっちゃまにやとわれているはずだ。
「 ―― まあ、このババもだいぶ目が悪うなってるんで、たしかとはいえんけど、あの『奥様』を、・・・まえに、おみかけしたことがあるんでな」
「そうか。まあ、そういうこともあるだろうな」
なにしろこの街は、人が多い。
「ここではねえ」
「ああ、そういや、どこだかの寺にいたみたいなこと、ぼっちゃまが言ってたな」
『尼のまねごと』、とか言ったか?
ばあさんは、なにやら目を、きゅうと閉じると、何度もうなすくように下をみて、「大福の粉を椅子に落としたろう?」とこちらをにらんだ。
あわててまだ手に残ったのを、上をむいて口におとしこみ、ろうそくをはこぶ準備にとりかかった。




