ろうそくには『経』
ヒコイチが品をとりに行ったときは、何も言っていなかった。
前から《おぼっちゃま》に一度会わせろとせっつかれていたのだが、商売に利用されるのも業腹なので、引き合わせるつもりはなかったのだが・・・。
「・・・なにかおかしなこと言ってきやがったら、断ってくださいよ」
「ええ?腰も低いし、いい方でしたよ」
「もの言いがやわらかいってだけでしょ」
「とにかく、『百物語会』を、はじめてあの『お屋敷』でやれることになって、みんな楽しみにしてるんですよ」
「『百物語会』ってのは・・・、例の、《文士》さまの集まりですかい?」
「まあ、もちろん、これにはいってる人もいますけど、はなしを書いているからと言って、《こわい》はなしが好きとはかぎらないですから、これはちがう集まりです。・・・どちらかというと、ダイキチさんみたいな商家の旦那さんとか、その仕事仲間とか。作家先生のほうは学友とか、おなじように書き物をしてる方とか。 ―― 知り合いをさそってできた会なので、いろんな方が集まるんです」
その集まりは、四日後にあるのだという。
「―― ですので、これをダイキチさんのお宅に運んでおかないと」
「なんでい、じゃあ、ここで出すことなかったじゃねえか」
「ちょっと品をたしかめたかったので」
言って、積まれた山の一番上の箱をあけてみる。
「うん、注文通りだ」
満足そうにうなずく男の横からのぞきこんだヒコイチが、「そりゃ、とうぜん、」いきおいよく返そうとした言葉が、続かななくなる。
箱の中に収められた立派なろうそくには、黒ぐろと、『経』のような字が書かれていた。




