《こと》がおこるはず
「なにか、みえますかな?」
池から目を離さないまま、ヒコイチがきこうとしたことを、先にきかれた。
「いえ、・・・おれには、なんにも。 ただ、ありゃア、―― なんだか、心細いのかもしれねえな、と・・・」
「やはり、ヒコイチさんもそう感じられましたか・・・」
ようやくこちらをむいたダイキチは、こまったように口端をさげていた。
「・・・この煙が出るようになってからは、池に近づいて声をかけハスをのぞきましても、目玉も髪もみえませぬ。 『くるしい』と声がきこえたのはあれきりで、ただ、この煙だけが、―― 雨がふるとでてまいります」
そうして、このようにハスからハスへとさまよう。
「みているこちらが、・・・どうしたらよいやら、と」
それは、―― 。
「旦那さん、ひょっとするとこの煙を、・・・助けたいってことですかい?」
「ええ。このままわたくしが見ているだけではどうにもなりませぬゆえ、ヒコイチさんにお越しいただいたというわけでございます」
いや、しかし。
「そ、そんなこと言われたって、おれはべつに、」
「ああ、なにもヒコイチさんが心配されることはないでしょう。 ―― きっともう、勝手に、《 こと 》が起こりましょう」
にっこりと、それは穏やかな笑いをうかべた年寄は、もうやみますなあ、とまだ雨のふる空をみあげた。
すると、年寄の言葉どおりに急に降りがよわくなり、雲が薄くなってゆく。




