ひどくはない
ああ、いつのまにか・・・
気づけば、さきほどまで庭を照らしていた陽の明るさがなくなっている。
ああこれは、と庭に面した廊下へと立ち上がったダイキチが空をみあげ、「ふりますな」とうれし気な声をだす。
みあげた空にはいつのまにやら低い雲が厚くひろがりはじめている。
ぽさ ぽさ
枯れた蓮の葉をたたく大粒な水が落ちてきた。
ぽさぽさ、という音は、しばらくすると、ばたばた、という激しい音になり、庭の草木はもとより池に立つハスをたたいてふるわせた。
音は大きく数を増し、白い筋をひくように水は天から落ちてくる。
池にいくつも波紋がひろがり重なって、水面がわきたつような激しい降りになったとき、年寄りがするどく 「でる」 と言った。
やさしいものになであげられるような寒気が、ヒコイチの背をぬけると、むこうの池の隅にある枯れた《蜂の巣》から、煙草の煙が吐き出されるように、しろいもやが、ふうと広がった。
―― それほど、ひどくはねぇ。
いつものような、ひどくいやな寒気が襲ってこない。
すこしひょうしぬけしたように、ゆっくりと広がる煙をながめた。
まだ、ざああ、と音をたててふる雨の中、煙はすこしかたまって濃くなり、ゆるゆると流れるようにただよい、ハスからハスへとまとわりつく。
よくよくみれば、まとわりついたハスの《蜂の巣》から、また、少しばかりの煙がもれるようにでてきている。
それをおのれにくわえ、また濃さを増した煙が、ながれだす。
たしかに、動きが ―― 。
『まよっているのかさがしているのか』
そうつぶやいた年寄をみれば、弱った鳥でもみるような顔をして、けむの動きを追っている。




