『消えませぬなあ』
恥ずかしいようなうれしいようなこころもちで、けむりは?と小声できいた。
「おお、そうでした。―― その日から、雨が降ると、ハスの穴からその白いのが出てくるようになりましてな。 池の上を漂って、穴から穴へと入って出たりで、―― ただ、その煙がみえるのは、わたしらと、お坊様、それに、セイベイさんだけのようです」
「じい・・トメヤのご隠居も、みえるんですかい?」
そうだ。たしかにあの年寄りが、自分のみたものを、手をゆらゆらとふって、説明したではないか。
「《猫のカンジュウロウさん》を世話なさるくらいのお人ですよ。当然でしょう」
「ああ・・・」
そうか。
言われれば、たしかに。
「・・・今年の夏に、はじめてこの客間にセイベイさんをお通しいたしましたら、雨がふりだしまして。―― 池のほうに顔をむけて、『消えませぬなあ』と」
お茶を飲みながら池をながめたセイベイは、はじめはすこしおもしろそうな顔をしていたのだが、そのうちに、眉をさげて、「こりゃ、あいつにみせよう」とヒコイチの名をだした。
「一条のぼっちゃまと旅に出ていらっしゃるとセイベイさんからうかがい、あとは、お二人が無事にお帰りになるのを待っておりました。・・・ほんとうならば、一条のぼっちゃまもおよびしたかったのですが、セイベイさんがそれはやめたほうがいい、ともうしましてな」
この屋敷に使用人を置くのもやめにしたという。
それは、つまり、どういう ―― 。
「先日の大雨のなかにでてきた煙は、いつもよりもずっと濃くて・・・動きも、そう、 ―― 走り回るようでした」
「はしる?」
はい、とうなずいた年寄が池をみやり、「まよっているのかさがしているのか」、と念仏を唱えるようにつぶやいた。
きゅうにその顔が、年相応な枯れたものにみえる。




