両目を穴に
あらためてハスの穴をじっくりのぞきこみ、ダイキチは「ど、どなたさまで?」ときいてみた。
穴に異変はない。
足元の水が、泥が、ぬるりと暖かい、と感じたとき、またしても 『・・くるしい』 という女の声がきこえた。
あわててのぞきこんだ穴はかわりなく、ダイキチはそこに、片方の目をあててみた。
黒いだけでなにも見えない。
口をあて、「どうなされました?」と問いかけた。
ハスがまた、ひそり、と《息》をつくと、穴から、女の声をもらした。
ああ・・・くるしい・・
今度はえらくはっきりと。
いつぞやの、姿だけが見えた医者の男を思い出しながら、「どうされたのか、わたくしでなにか、お役にたてば」と穴に伝える。
ああ・・・ああ・・・それならば・・どうかいまいちど・・
女の声は、両目を穴にあててほしいという。
さすがに、ダイキチもすぐにはできなかった。
だが、自分はもう十分長く生き、ここから先の生は、余ったものだと考えている。
それに、この池の見える客間で、『百物語』をしようと考えていたぐらいなのだ。
怪しいことが先に起こったくらいで、主人がうろたえてどうする。




