意を決し
だが、ハスが、ただのハスならば、なにも起こらない。
自分にいいきかすように、池に近づいた。
陽はまだ高く、空はまだ夏の色をのこしている。
額を手ぬぐいでおさえながら、池のはたに立ち、ひとわたり目をはしらせる。
なにも、おかしいものは見えない。
まだ、あおさの残る葉も茎もあった。
意を決し、池の中に足をいれ、やわらかい泥をふみ、一番近くのハスに近づく。
それは、実をいれないままの鉢の巣が、とうに色をなくしてうつむいているもので、あと数日もしたら、力尽きて水の中に落ちてゆくだろうと思われた。
そっと腰を落とし、おそるおそる下からのぞきこむ。
穴は、どれも黒いままだった。
見つめ返す目玉もなく、いきなり髪も生えてこない。
ああ、と息をついたときに、それが、 ひそり 、と揺れたようにみえた。
ああ ああ ああ
まるで、ダイキチがいまついた息のような『声』がした。
いや、ちがう。
ダイキチのような年寄の男の声ではなく、女の、重い、息のような ―― 。
ああああ ああ あああ ・・・・
声がのび、だんだんと大きくなってゆくと思ったところで、ひゅう、とひそまった。
うつむくハスをじっとみる。
もう、いまのできごとさえ、気のまよいだったかと足をひとつ、 すすめた。
・・・くるしい・・
ほそくよわい、女の声がたしかにした。




