つぎの年のハス
ダイキチはもうだいぶ安心していた。
あの、池さらいのとき以来、気にしてみていた池にはなにもおこらないし、《なにも》みえたことがない。
「あれは、・・・いっときだけなにかよくないものが《通った》のかと思うようになっておりました。なので、その夏に咲いたハスもこころおきなく楽しむことができました」
薄紅色のハスの花は、それは美しく咲き競い、ひとつひとつ朽ちていった。
「 花が落ちたあとの、あの、蜂の巣のようなかたまりが気になってはおりました。・・・いいえ、そこについている《穴》が、気になっておりました」
そこにはまた、実はひとつも入らずに、ただ、黒い穴があった。
「 前の年にみたものを思い出すと、やはりこわくなりまして・・・、ハスの花のおわったあとは、池には近づかないようにしておりましたが・・・」
やはりどうしても、気になり見にいってしまった。
そのときこの履物屋の隠居は、買ったばかりのこの広い屋敷で、子どものころの思い出にある《百物語》の集まりでもしようと考えていたのだ。
先日ようやく会うことができた一条のぼっちゃまは、『百物語会』をご自分の洋館でやっているのだが、《日本らしい家屋》でやってみたいと言っていた。
「それならばお越しください」、という言葉をそのとき年寄は、ぐっと飲み込んだ。
もし、あのハスにみたものが、また《通って》来ていたとしたら。
百物語をしている最中に、なにかよくないことが起こるかもしれない。




