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参られよ


 ――――






 ここしばらく、ヒコイチは少し遠くに出ていたから、戻った時分、さびしいおのれの家の出入り口に、なにかと世話をみてくれる同じ長屋のおかみさんの、『ヒコさん いそぎ参られよ』というたくましい筆づかいでの《令》がはってあるのには思わず笑いがこぼれた。


 うれしいような困ったような心持ちで、一緒に遠出していたお坊ちゃまに無理やり持たされた土産を手に、隣に顔を出す。

 先に、そろそろ六つになろう男の子がとびつくように迎え、どこに行ってた何をしに、などとえらそうに聞くのに頭を小突き、ちょいと野暮用だ、とごまかしながら、土産を母親に渡す。


 この長屋で一番ヒコイチの世話をしてくれるマチは、それを両手でおしいただき、《辻先のお坊ちゃん》ありがとうございます、と土産物を包む風呂敷をさっと解いた。



「あれ、まあ・・・あんなに気をまわさないでくださいってお伝えしたのに・・・」


 風呂敷の中から現れたいくつもの箱に、女はため息をつき、ヒコイチをにらんだ。


「ヒコさんが出る前の日に、辻先のおぼっちゃんがわざわざうちに挨拶にみえてさ。しばらく留守にするんで、よろしくお願いしますなんて、本当はあんたが言ってくもんだろ」


「言ったじゃねえかよ。ちょいと遠出するって」


「ひと月近くも出るなんて知らなかったさ」


 空いた家をお願いしますと、《辻先のお坊ちゃん》こと一条ノブタカは、ヒコイチの家のことを頼んだと言う。

 もちろん、ヒコイチがその事実を知るのは、ここを出て、三日ほどしてからだった。



「で?そのひと月に、なにかあったかい?」


 玄関にはられた文は、旦那のキヘイジが考えたと言う。


 ヒコイチは普段あまり音をたてない。

 たてないように暮らしているんじゃないかとキヘイジは思っているらしい。

 なにしろこの長屋では、戻った時はみな玄関の引き戸が大きな音をたてるのだが、ヒコイチはなぜか音をたてない。


 なので、戻ったら自発的にここに来るようにしておいたのだとマチは笑いながら、神棚にあった何かをとった。



「これ。 ヒコさんがいないときに、あの、『トメヤ』のさ、西堀のご隠居のお使いの人が来てさ、 」


 しばらくもどらないようだと伝えると、もどったらご隠居のところにすぐ顔をだしてほしい、と手紙を預けていったという。


「―― そんで、ほんとはそんときヒコさんがもらうはずだった菓子は、うちの坊主がいただいちまったから」

 絶対に行ってくれと、おかしな具合に念を押されて手紙を渡された。



 手紙には、知り合いの家に、おかしなものが出るのでヒコイチに《みて》ほしいということが、まわりくどく書かれていた。




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