ハスの実はなく
しんみりとした声で、年よりは続ける。
「・・・ここのハスには、実がならないのです。 どれもこれもただの穴だけで実がはいらない。 わたしがここを買いましたときに、この池のハスの実ぜんぶ、知り合いの薬種屋に売りつけてやろうと考えておりましたのに、まったくあてがはずれて・・・」
恥ずかしそうに額をたたいてわらう。
寒気のひいたヒコイチが、それにつられるようにすこしわらうと、「 めが、そのかわりに、」と、年寄は懐からまた手ぬぐいをだして、汗がにじんだ額をおさえた。
「―― かわりに・・・、めがでましてな。ここを買い取ってもう三年すぎになりますが、・・・」
「はあ・・・」
ハスがどのようにふえてゆくのか知らないが、その『芽』のおかげで減らずにいるという話だろうか?
いやいや
ここにきたのはそもそも、そのハスに、雨の日でも《白い煙》がただよう、ときいたからだ。
だが、いまのところその煙はなさそうだった。
夏の終わりだというのにまだ陽はあつく、庭の木々も池のハスも同じように容赦なく照らされている。




