手紙は届かぬ
「その方の旦那様はすこし変わり者であられたようで、薬屋ではなく、医者であったのに、ご自分で薬になる草や根や虫をさがす旅にばかりでておられたようで、―― 」
たしかに、いくつかの新しい薬のもととなる植物などをさがしあてて、薬としてみとめられ、そのおかげで病人をみない医者であっても暮らしは困らなかった。
だが、多少変わり者であったが好いていっしょになった男は、いつも一人でどこかへ行ってしまう。
出先から便りをよこすこともあるが、その便りが届くまで、どこでなにをしているのかも女にはわからない。
「―― ですが、あの方が、こどものように胸を張って戻ってくるたびに、こちらも、わらってむかえてしまうのでございます」
そんな男が、二年ほどまえにいつものように出かけたきり、いまだにもどってこないのだ。
「たしかにまえも、一年ほど留守にしたときもございました。ですがその時は、便りが届きました。それなのに、・・・」
まだ、一度も届かないのだ。
「それに、・・・こんなことをいうと笑われるかもしれませんが」
なぜか、こんどの遠出にかぎり、半年もたたないうちに、胸がざわざわとしておちつかない。
そこで、藁にもすがるおもいで、占いをするというあやしい坊主や修験者に男のゆくえをききに行ったが、どれもみな一様に、男はもう『死んでいる』とだけのこたえで、ではどこに?最後はどのように?と肝心なことをきくと、あやふやなこたえしかもらえない。
「・・・ほかに女ができて、その女といまは一緒にいる、というものもございました。ほんとうに生きているのならそれでも良いとおもっております。ですが、それならきっと、あの方ならば手紙をおくってくると思うのです」
別の女と暮らしているので、おまえも好きに暮らせ、と。
「そういう、・・・変わった方なのです・・」
目になみだをためた女は、人が、いとしいもののはなしをするときの、微笑んだ顔をしていた。
ダイキチは、こどもながらに、女のそばにたちつくす『男』を、 ―― にらんだ。
『男』はそれに気づくと、困ったような、照れたような顔をみせ、女をみおろしたかと思うと、すい、とその場に膝をつき 、―― 女にむかい、深くふかく、頭をさげた。
ああ、この人は、別れを、女にじかに言いたかったのだ。




