ようございますか
先のおかしな感覚はどこかへ消えた。
「まあともかく、わたくしやヒコイチさまのような質の者も、この世を成り立たせている者の一人でございます。 ことに、ヒコイチさまのようなかたは、いやでも、不思議なことに巻き込まれることがおありでございましょう?」
「いやもなにも、気づくと、まあ、そういうことに・・・」
巻き込まれている。
「・・・巻き込まれたからって、べつに、なにもできやしねエんですが・・・」
見聞きするだけで、坊主でもないヒコイチが、《なにか》をしてやれるわけもない。
月夜に出会った、《ゆくえがしれなくなった》ちいさな女の子の手には、桃をのせてやれたくらいだ。
「ヒコイチさま、ようございますか?」
顔をふせたヒコイチを、気遣うようにやさしい声でダイキチがよぶ。
「『なにもできない』というのは、おもいちがいでしてな。 わたくしなぞ、それこそ『みえる』だけなものですから、こどものころはそれは毎夜、なにをすればよいのかと、悩んだものでございます」
祖父と『百物語』のあつまりにゆくようになる前から、ときどきは『みえて』いたのだ。
家の中や、道の端。
ときには、すれちがう人の背中などに、《そういうもの》が。
「母は信じてくれない。父は嘘つきと怒る。祖父だけが、わらってきいてくれました。 ―― そのせいもあって、《そういう》あつまりにつれてゆこうと考えたのかもしれませんな」
ゆけば、孫と同じように自分の『め』でみたという人がいるかもしれない。




