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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

立ったままでしかいられません

作者: タケノコ

 小学校一年生の初めての授業が始まろうとしていた。生徒たちのがやがやとした話し声も、教師がスライドドアを開けて入って来ると雲散霧消した。教師は角刈りが似合う、体育会系の男だった。しかし声はどこか高く、キンキンと耳障りだ。


 授業が開始され、角刈りの教師が自己紹介を行い、生徒にもするよう促したところで着席せず立ったままの男子生徒がいることにようやく教師は気づいた。目を細めて理由を聞く教師に僕は座れないんですと男子児童は返した。周囲の子供たちがくすくすと笑い始める。教師が着席を促すも拒否していると捉えて、そんなに立ちたいなら廊下に立っていないさいと一喝した。


 廊下に立つ子の名は達郎。両目の涙を指で拭いながら、ため息をついた。彼は幼少期から座ったり、しゃがんだりできない子供だった。真っ直ぐな姿勢から体を傾けられず、転倒すると一人では立ち上がれない状態になる。膝も歩く程度にしか曲がらない。


 二時間目の授業は同じ教師が行ったが達郎の着席拒否は無視すると決めこんだようだ。算数の授業をどんどん進めていく。


「達郎君、消しゴムを落としちゃって、あなたの足元にあるから拾ってくれない?」

「ごめん、無理なんだ」

「ええ! ひどい、そんな事もしてくれないなんて!」

「いや、違うよ、僕は直立の状態から体を変えられなくて……」

「もう、自分で取るから、足のけて」

「ごめん」


 寒空の下、最悪の一日が終わって達郎は虚ろな目で地面を這わすように見つめながら帰宅する。学校から家まで一キロメートル以上あるが、立ったままの状態を維持してきた達郎にとって大した疲労にはならなかった。最近、横になったことないなあと彼は考えつつ歩行速度を増した。


「達郎、あなたは行儀が悪いわ。座って食べられないなんて」

「母さん、きついジョークはやめて」

「ごめんごめん、ついね」


 無言で米飯を口に運ぶ父親は無表情に食事モードだ。ハンバーグを乗せた皿を取り、立ち食いする達郎。彼は食事しながらどうやったら座れるようになるんだろうと子供心に懊悩していた。


 就寝の為、自室に入り、立ったまま寝られるように、立てかけられて、金具で固定されたベッドに寄り掛かり、布団と毛布をかぶり大人の腕ほどもあるゴムバンドで布団と毛布と自分を固定して眠りにおちた。夢の中で体育座りをしている自分に感動する達郎。



 達郎の机は特注品が与えられた。脚が長くて、立ったままでノートに文字を記入できるタイプのものだ。先生も彼の事情を知って不憫に思ってくれた結果だ。



 そんな達郎も歳を重ね大人になった。彼は周囲から守られて育ったからか、誰かを守るような仕事に就きたいと数々の試験を突破し、ボディーガードの職を得た。要人の周りを常に立ったまま警護するその姿は立派だった。幼馴染が見たら褒めてくれるだろう。


 ただ彼は座れないので、車の運転や車内警護が無理だった。それと飛行機も乗れない。現地に新幹線や地下鉄で移動しての仕事となった。その頃になると足腰に無理がいったのか、脚部に湿布をよく貼るようになった。


 ある時、彼は自販機で飲料水を買おうとして、財布を落としてしまい難渋した。かがめないので拾えないのだ。仕事仲間に頼んで事なきを得た。


 また、ある時、業務中に、要人を悪漢が襲った。仲間たちと共に対応するも、一人、二人とボディーガードは凶弾で倒れていった。しかし、要人を後ろにかばい弾丸を受ける達郎は血を流しながらも仁王立ちして悪漢らを睨みつけた。銃弾の切れた悪漢らはそそくさと退散した。


 要人は達郎に感謝の言葉をかけた。君がいなければ殺されていた、ありがとうと。しかし達郎の返事はなかった。要人がまさかと達郎の脈をとると立ったまま他界していたことが分かった。要人は達郎に深く感謝し、この逸話はテレビでも放映された。


 子供たちの間では「俺、達郎さんみたいになるんだ。死んでも大切な人を守るために、立ち続けるような、ね」とヒーローとして扱われた。もう、この国に達郎を馬鹿にする人間は一人たりともいやしない。



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