episode1 出会い
満開の桜並木を抜けると
ー神奈川県立青島高等学校ー
勉強もスポーツもそこそこ、いわゆる普通の高校
僕、鈴木雄洋の通う学校だ。
入学式を終えて一週間、なんとなくクラスメイトの顔もちらほら覚えてきたころ
教室で自分の席に座りぼんやり考え事をしていると
「鈴木君、ちょっと悪いんだけど放課後にアンケート集めて職員室に持ってきてくれないかな?」
「あ、はい。いいですよ」
先生から何か頼まれごとを押し付けやすいポジション
一番前の席にいる弊害である。
ちなみにアンケートとは学校生活はどうですか?という
何というかありきたりなアンケートであるので、みんなたいした事は書いていなかったりする。
放課後、アンケートを集め終わった僕は職員室に向かった。
~ガラガラ~
「失礼します。」
職員室は初めて入ったけど綺麗にされている。
担任の先生を見つけると足早に向かいアンケートを先生の机に置いた。
「これ頼まれてたアンケートです」
「あぁ、ありがとう」
渡し終えた僕は帰る支度をするために教室に戻ろうとする。
「えっ、ないんですか!?」
背が高く、がっしりとした体格、ボサボサ頭で眼鏡をかけている生徒が
向かい側の机で先生と話していた。
先生は彼の勢いにちょっと困惑している感じだった。
「入学案内のパンフレットとかにも書いてあったと思うけど・・・」
「じゃあ、作ればいいんですね!」
がっくり肩を落としたかと思えばすぐにこの返答、切り替えの早い人だ・・・
「ありがとうございます!失礼しました!」
先生に向かって頭を下げた彼は職員室を出ようとした時
そんな彼を横目で何気なく見ていた僕と目が合ってしまった。
聞き耳立てていたのがバレてしまったのだろうか?
彼はこちらへ近づいてくる。
「君、一緒に野球部作らない?」
「えっ・・・?」
自分でも思うほど間の抜けた声が出ていた。
完全に予想外だった。
まさか野球とは
ここ青島学校には野球部がない。
・・・だから選んだのに・・・
僕の思いとは裏腹に彼は話かけてくる。
「実は野球部に入りたかったんだけど、この学校には無いらしくてさ」
(うん、知ってる)
「さっき先生に聞いたら作ればいいって言ってくれてさ」
(それも知ってる、さっき聞いたからね)
(ていうか作ればいいとは言っていない!)
「だから一緒に」
「いや、やらないよ」
気づいたら少し食い気味に言っていた。
彼は不思議そうな顔をしていた。
「なんで?」
「なんでって・・・」
「だって野球やってたでしょ?」
彼は僕の手を見ていた。
「手にマメがある、素振りでもしてないとこんなところにできないからね」
確かに僕は野球をやっていた。
ただ・・・
「いや、やる気はないよ」
そっけなく答えてた。
リトル、シニアリーグとやっていた
そこまで強くはないチームだったが、チームでは一番上手かったと
自他共に認めるくらいには実力はあった。
スカウトこそされなかったがそれなりに自信はあった僕は強豪校いくつかのセレクションを
受けていたが全て落ちた。
思い知らされたのだ上には上がいると・・・
気持ちの切れてしまった僕は
そのことを忘れるかのように野球部のない学校を選んでいた。
「じゃあさ、勝負しよう!」
「いや、何故そうなる!」
脈略がなさ過ぎてびっくりした。
こちらの思ってることは関係なしに話を続けてくる。
「俺が勝ったら、君が一緒にやるということで」
「テンプレかよ!」
「・・・ちなみに負けたら?」
「負けるわけないだろ」
カチンときた
安い挑発に乗ってしまった。
しかし彼は真面目な顔している。
(本心で言っているのか、挑発するわけでもなく・・・)
「なお立ち悪いわっ!!」
思わず声に出して叫んでしまった。
「どうかした?」
少しびっくりしたような顔で話しかけてくる。
「いや、別に」
僕は思わずツッコんでしまった恥ずかしさから話題を切り替えるように聞いてみた
「そ、それより勝負の方法は?」
彼は顎に手を当て少し考え
「一打席勝負にしよう」
ルールは単純だった。
お互いが投げそれを打つ。
飛距離の出た方の勝ち。
「いいよ、それで」
「じゃあグラウンドに行こうか」
勝算があったわけではなかった。
けど負ける気もなかった。
グラウンドについた僕たちは軽くストレッチをした。
「先に打っていいよ」
バットを渡された。
どうやら道具一式は持ってきていたらしい。
「・・・準備のいいことで」
野球部はないといっても数年前はあったようだ、グラウンドが物語っている。
彼がマウンドに上がる。
「じゃあ、いくよー」
僕は黙って頷く
彼は僕が頷いたのを確認すると、振りかぶって投げた。
(速い!)
大体130kmくらいはでてるだろう。
だが彼の長身、上から投げ下ろすスタイルもあって体感的にもっと速く感じた。
ガンッ
後ろの壁にボールが当たる。
跳ね返ってきたボールを拾い彼に投げ渡す。
「ワンストライクだね」
あえて一球は見逃した。
彼はふたたび振りかぶる。
(さっきので大体スピードはわかった。)
綺麗なフォームから右腕を振り下ろす
(コースもほぼ真ん中、いける!!)
ドンピシャのタイミングでバットを振る
キィン
会心の当たりだ!
誰もいないグラウンドにボールが跳ねる。
大体、レフトとセンターの間辺りだろう、実際の試合でもヒット性の当たりだ。
「ツーベースかな」
「じゃあ交代だね」
悔しくないのだろうか?
彼は淡々と打席に入る用意をしている。
打つ自信があるのか・・・
そんなことを考えながらボールを拾い、マウンドへ向かった。
彼は左打席に立った。
(右投げ左打ちか・・・)
「いつでもどうぞ」
自信に満ちてるセリフだ。
勝つ自信がなければこんな事は言えない。
僕は大きく振りかぶり渾身の直球を投げた。
彼はフルスイングする。
ドォン
鋭い当たりはあっという間に校舎のネットにあたった。
ネットがなければどこまで飛んで行ったのかという打球だった。
「僕の勝ちだね」
完璧に打たれた。
自分自身ピッチャー経験はなく彼と比べて球は速くないとはいえ、あそこまで飛ばされると
さすがにへこむ。
「じゃあ、一緒に野球やろうか!」
彼は眼鏡をかけててもわかるくらい目をキラキラ輝かせて言った。
・・・そういえば忘れてた。
そういう勝負だったんだっけ
悔しくなかったわけではない、ただそれ以上に一打席の勝負だけだったが野球が楽しかった。
野球に対する情熱が戻った気がしたのだった。
「わかった、いいよ。勝負だったしね」
気づいてしまったのだ、ちっぽけプライドなんかいらないと。
純粋に野球が好きだと
そんなくだらないものを彼はこの勝負で壊してくれたのかも知れない。
彼は微笑し、握手を求めてきた。
「進藤投牙だ」
きょとんとしていると
「まだ、名乗ってなかっただろう?」
「そうだったね、僕は鈴木雄洋」
僕は笑いながら差し出された手を握る。
これが彼、進藤投牙との出会いだった。
読んで頂きありがとうございます。
遅いですが、がんばって書いていきますのでよろしくお願いします(*'▽')