プロローグ
「日本語上手だねえ」
夜9時を迎えようとしているコンビニバイト中に、見知らぬおばあちゃんからそんなことを言われた。
「……よく言われます」
「やっぱり! お勉強よく頑張ってる証拠ねえ、偉いわねえ」
「……ありがとうございます」
おれは褒めているのだろうその言葉に、一応感謝の言葉を返した。
「じゃあ、またね、これからも頑張ってね。外国人さん」
「……はい」
そう返すと、おばあちゃんは満足そうな顔で自動ドアを抜けていった。
こういうやりとりはいったい何度目だろうか。おそらく数十回かそこらだろう。それでも、慣れることなく、おれの中の怒りは徐々に力をつけ始めている。
夜10時、バイトも終わり、家に向かって歩いていると、100円玉が落ちていることに気が付いた。拾って、交番に届けるわけもなく、そのままポケットにしまった。この行為も何度目だろう。今ではもう罪悪感も湧かない。そのままスタスタと歩き、
「ねえ、ちょっとあなた?」
出そうと思ったが、幼いが凛とした声で呼び止められてしまった。振り向くと中学生くらいの女の子が立っていた。
「な、なんでしょうか?」
100円玉の持ち主だろうか。でもここはただの道端だし、そんなとこに落ちている物を拾って文句を言われるのはトラップすぎる。
「あなたって串間樹亜?」
「えっ」
確かにおれの名前は串間樹亜だけど、なんでこの少女が、
「なんで自分の名前を知っているのか、って顔をしているわねっ」
すごい、もしかして心を、
「心を読めるのか、って思ってるでしょう。答えは不正解」
と胸の前でバッテンを作り、不敵な笑みを浮かべている。
「じゃ、じゃあどうやって」
「ここまでがテンプレだからよ」
「テンプレ?」
「そう! 別に私がすごいわけじゃなくて、あなたがよくいる平凡な人間だってことよ」
確かに、言われてみればよくある流れだった。
「で、平凡な人間のおれに何の用?」
嫌味を入れつつ、話を戻すようにそう切り出した。すると少女は左口角を少し上げ、後ろに一歩ズサッと下がったかと思うと、指をさしてこう言ってきた。
「串間樹亜! 私のモデルになりなさい!!」
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