#9 魔法少女はどへんたい(1)
小学校の授業が終わった放課後。
わたし、歌恋はユリちゃんを連れていつもの公園のいつものベンチに向かい。
そこには既に一人の女の子がいて、手を振っていた。ミカちゃんだ。
ユリちゃんはそれに駆け寄って、右手をピンと上げた。
「魔法少女探し隊っ! しゅーごー……って、二人ともなんだか暗いね」
ユリちゃん隊長の元気な掛け声……の後の指摘に、わたしは力なくうなづく。隣のミカちゃんもなんだか疲れたみたいに笑っている。
それもそのはず。
「まあいいや! 今日こそ魔法少女に会えるかなー」
……その魔法少女はすぐ目の前にいますよ。しかも二人も。
純粋に魔法少女と会いたがっているユリちゃんに、本物はというと正体を明かせなくてむずむずしてる感じ。
しかも、頭の中には昨日の言葉が渦巻いていた。
――変態。
あの水着の男の人、メスイキさんが言ってた、あの言葉。
自分には縁がないと思ってたそれが、まさか自分に対して言われるなんて思ってもいなくて。
なんでだろうって気になっていて、少し考え込んでいた。
「じゃあいこう!」
「……どこに?」
「どこでもっ!」
ユリちゃんとミカちゃんのそんな会話にわたしはそっかーと少し笑って。
「魔法少女探し隊、しゅっつじーん!」
『おー……』
一人の元気な掛け声と二人の力ない同意が公園に響いた。
そして十分くらい歩いて。
「ここどこー?」
ユリちゃんが聞く。
「水門……の跡ー」
ミカちゃんが答える。
「物知りですねー」
わたしは褒める。
ちなみに、この川に水門があったなんて知らなかった。
すなわち、ここがどこかわからなくなった。迷子になった。
「どうやったら帰れるかな」
「わかんない」
「ミカちゃんも知らないですかー」
さっきの順番でしゃべり。
じゃあしょうがないね――と諦めて笑い。
「……どうしよっか」
ユリちゃんの言葉に。
「このまま前に向かって歩いてれば、きっとなにかあるよ」
答えるミカちゃん。リーダーたるユリちゃんの判断は――
「だね!」
無駄に綺麗すぎる笑顔だった。
わたしにはわかる。これはなんかもう何もかも面倒くさくなった時の笑顔だ。
上を向くと、橋が見えた。電車が大きな音を立てて走っていた。わたしたちを笑ってるようだった。
わたしがしっかりしないと。でも、どうすれば――。
頭を抱えたその時だった。
「お嬢ちゃんたち。迷子かね?」
そこに現れた、白衣のおじいさん。
「あ、はい」
わたしが答えると、おじいさんは笑いながら。
「じゃあ私が案内してあげよう」
「やめたほうがいいよ」
後ろを向くと、ミカちゃんがわたしの背に隠れながら告げる。
「なんで? こんなに優しそうな人なのに」
ユリちゃんが聞くと。
「……その人、どへんたいだから」
ミカちゃんは、真面目な声音で答えた。
胸がドクンとした。
変態。わたしが言われたこと。
その変態ってなにか、わたしにはわからなかった。
変態を、知りたい。
「おじいさん、案内してください」
「ちょっと――」
制止しようとするミカちゃんの声を遮るように。
「はいはい、ついてきなさい」
おじいさんは優し気に告げた。
「……ククク、いい子だ」
その顔はすこし、不敵に笑っていたように見えた。
そうして案内してもらったのは大きな橋の下。
「ここの階段を上がれば大通りに出る。そこからはわかるかい?」
「うん。ありがとう、やさしいおじいさん」
ユリちゃんがお礼を言って、わたしたちもそれにならって頭を下げた。
「じゃあ、早く行きなさい」
「はーい!」
さっきのミカちゃん、なんだったんだろう。
普通に優しいおじいさんだった。わたしはそう感じていた。少なくとも、この時までは。
おじいさんに手を振って、わたしたちは案内された階段の方へと駆けていき。
「……やっぱりあっちの坂の方から行こうよ」
ミカちゃんがわたしとユリちゃんの肩に手を置いて提案した。
「なんで?」
「出る道はおんなじだし。あと、階段だと……」
顔を赤らめながらスカートに手をやるミカちゃん。
「ぼく、今日スカートだから……」
かわいい……。けど、なんでスカートじゃダメなんだろう。
「じゃあ、坂の方から行こう!」
ユリちゃんの提案に乗って、土手を上る坂の方に向かい……。
「あれ? 立ち入り禁止、です?」
工事中の看板が置かれていた。
……さっきはなかったような気がするその看板。その先に工事の気配はない。
「じゃあ、階段を上るしかないかー」
そんなユリちゃんの判断に、ミカちゃんはまた口をはさむ。
「じゃ、じゃあ、別の道から行こうよ! ほら、向こうに公園あるし」
確かに、ミカちゃんが指さした方向には公園があった。しかも、その方向にも土手の上に上がる坂があった。
「うーん、いいけどー」
言い淀むユリちゃん。その続きをわたしは問う。
「なんで、かたくなに階段を上らせようとしないんですか?」
聞かれたミカちゃんは、顔を真っ赤に染めて、もじもじしながら答えた。
「……あのおじいさん、スカート覗くんだもん」
背筋がぞくりとした。
視線。今日はわたしもスカートを履いている。
おそるおそる下を向くと――。
地面に寝そべってデジカメを構えたおじいさんがいた。
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