#19 少し倒錯したいつもの日々
僕は走って自宅に向かう。
何故か。それは早く女児になって歌恋ちゃんと遊びたいから――だが、それだけではない。
走りにくい服装に戸惑いながら電車の車内に滑り込むと。
「おっ、朔くん……いや、朔ちゃんって言ったほうがいいかしら?」
美愛さんに出くわした。
「からかわないでくださいっ!」
小さめの声で叫ぶ僕。その顔はきっとトマトのように赤くなっていたのだろう。
そして、それが彼女にとってさぞ美しく映ったのだろうなという皮肉めいた事実を想起して、ため息を吐き。
「なにため息ついてるのよ。せっかく可愛いのにもったいないわよ、朔ちゃん!」
何とも言えないこそばゆいような気分になって。
「ああもう!」
と嘆息するほかなかった。
何故なら、残念ながら自分がかわいいのは事実になってしまったのだから。特に目の前の美人大学生のせいで。
もう種明かしをしよう。
僕は女装して大学に通わされていた。
ガーリーというよりフェミニンというべきか。清楚な印象を持たせる白くて透け感のあるフリルで飾られたトップスに、ピンク色のロングプリーツスカート。ストッキングとパンプスは男性ものの洋服よりも圧倒的に薄く、もう暑くなり始めるというのに風にあおられただけでひやりとした感覚に襲われる。
さらに目の前の女によってメイクまで施され、さらにウィッグまで被せられたために、見た目だけはただ身長が高いだけの大人しい美人な……というよりかは美少女といった感じの女子大学生である。
実際に鏡を見せられた時には、自分の顔面であることすら忘れて「可愛い……」とつぶやいてしまったほどだった。
そして、全身を見て、目の前に立つ美少女が自分なのだと気付いたとき、羞恥心で卒倒しそうになった。
――そんな様子を一部始終見ていた歌恋ちゃんが、とても悪い笑顔で息を荒げていたのを、僕はきっと忘れはしないだろう。
僕がこの状況になったのもあの子の差し金である。
あの戦いが終わった後、歌恋ちゃんを家に送り届け、それから夜も遅いからと泊めてもらっていた。歌恋ちゃんはこっぴどく説教された。
そんな翌朝、歌恋ちゃんが「お姉ちゃん、先生が女の子の格好に興味あるんだってー」なんて言ったもんだから、もう大変。
「よっしゃ! ようやく女装の似合う美青年に女装させられるわっ!」
などとわけのわからないことを口走る美愛さんにあれよあれよとされるがままにされ、気付けばこんな姿にさせられたうえで、時間がないからとメイクも服もこのままで大学に通わされていた。
なにが時間ないだ。朝だったとはいえものの十分あれば着替えられるだろうが。
なお、あの少女曰く。
「先生ってこういうので興奮しちゃう変態なんですよね? ならいいじゃないですか!」
とてもいい笑顔で僕に告げていた。正解だよ。
おおかた、恥ずかしがる僕を見てサディズムを満たしていたのだろう。だとしたら見事に策略にハマっていた。
大学構内では見たことない美少女がいると軽く騒がれ、学生証を出したら「嘘だろ」と言われ、慌てて裏声で話し別人を装って怪しまれそうになり、けれど可愛いといわれ――。
「はぁ……疲れた」
――いまに至る。
ああ、恥ずかしい。この電車の中でも何人かの視線を感じる。
大きなため息を吐く僕に、美愛さんが告げた。
「その服、洗わないで返してくれて構わないわよ」
「えっ、その……洗って返しますので」
「いいのよ。うちで洗濯するわ」
じゃあお言葉に甘えて……と、僕はあまり不信感を抱かずに告げる。
そして、目的の駅に電車は滑り込む。
電車を降りて、僕は早歩きで家に向かい。
「ただいまー」
僕は誰もいない部屋に挨拶して――。
「おかえり、にーに。へくしっ」
否、半眼で鼻水を垂らしながら僕を見つめるエミリーがいた。
「河原に置いてくなんてひどいわ。おかげで風邪ひいちゃったじゃない」
ちーん、と鼻をかんで、僕を睨みつける彼女に、僕は笑って。
「それはすまなかったな」
「まあ魔法で治せるからいいんだけど……そもそもあんた誰?」
「僕だよ。朔」
美少女に化けた僕を見て尋ねた彼女に口をとがらせる。
「えと、その……かくかくしかじかで――」
説明して。
「へー……よかったじゃない。可愛くなれて」
「そ、そんなジト目で見るな!」
確かに仕方ないとは思うけどさ。そういう性癖だし。
この服は趣味じゃないけど。
……かわいくなれて、かわいいと思われて、とても嬉しかった。
なんて、そんな本音は尖らせた唇に秘め。
「でも、女児になるのはやめられん! チェンジ・キュートガールっ」
光が僕を包んだ。
「うっわぁ……」
ドン引きするエミリーの声に、ぼくは「ぷーっ」と息を吐いて。
「しょーがないでしょ。ぼくはそういう変態なんだから、さ」
「なんというか、開き直ったわね……」
もうドン引きを超えて呆れるエミリー。
「でも、まあいいんじゃない? 最高に可愛いわよ、いまのにーに」
「そう? ならうれしいかな」
ぼくは魔法で出したかわいい服にその身を包み、微笑んだ。
そして、金髪で少しつっけんどんとした態度の少女の手を取る。
「……なによ」
「一緒に行こ?」
「あたしは留守番するつもりだったのだけれど?」
「いいから!」
――話は通しておいた。歌恋ちゃんと、メッセージアプリを通して我らがリーダーにも。
そのまま靴を履いて。
「どこに行くつもりよ」
「いつもの公園さ」
少しゆっくりと走って。
「その子がエミリーちゃんです?」
「そうだよ、レンちゃん」
「わーい、新しい入隊希望者!」
無邪気にはしゃぐ女の子を見て、唖然とするエミリーに、ぼくは微かに笑い。
「こういうのも、悪くはないだろ」
レンちゃんもおかしそうに笑う。まあ、それも当然だろう。
頬を赤く染め口角を上げた金髪の少女に、ユリちゃんは満面の笑みで告げた。
「ようこそ、魔法少女探し隊へ!」
目元をわずかに緩め、エミリーは失笑した。
(半分以上が魔法少女なのに、この名前って……)
けれど。
「確かに。こういう日常も……悪くは、ないわね」
一言、口にして、彼女は力を抜いた。
わずかにせせらぎを響かせながら。
「今日もかわいいですね、ミカちゃんっ」
悪意のある微笑みを湛えた歌恋の言葉の意図を察して頬を染めるミカ。何も知らないユリだけが、無邪気に笑っていた。
そうして、変態たちの少し倒錯した日常は始まりを告げたのであった。
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