サーラ姫と流れ星
むかしむかし、あるところに、サーラ姫という、とてもかわいらしいお姫様がいました。
長い髪はやさしくかがやく銀色で、大きな目は晴れた空のような青色。
みんなに愛されている、やさしいお姫様でした。
サーラ姫が十歳になった日。
王さまであるお父さまは、緊張した顔の男の子をつれてきました。
「この子はマリウス。サーラより二歳年下だけど、とてもやさしい子だよ。なかよくしてあげなさい」
王さまがそう言うと、男の子はおずおずと手に持ってきていた花束をさしだしました。
「サーラ姫さま、ぼくの家で咲いている花です。いちばんきれいな花をえらびました!」
でも、サーラ姫は困った顔をしました。
うけとることはなく、ただしずかにすわっています。
かわりに、そばにいた侍女が花束をうけとってサーラ姫に手渡しました。
「姫さま。まるで姫さまの手のひらくらいの大きな花ですよ。こんなに見事な花は、はじめて見ました」
「……まあ、そんなに立派な花なのね。ありがとう」
やっと、サーラ姫が笑いました。
とてもとてもきれいな顔で、マリウスはぼーっとしてしまいます。
でも、なんだかようすがおかしい気がして、そっと王さまを見上げました。
王さまは、ため息をついてマリウスの頭をなでました。
「気がついたかな? サーラは目が見えないのだよ」
「目が?」
「少しだけ光は見えるようだが、花の色までは見えないのだ」
マリウスはあわててサーラ姫を見ました。
サーラ姫は花束を指先でさわっているところでした。
「これは花びらね? 本当にとても大きいみたい。こちらの花は少し厚さがちがうから、ちがう花なのかしら」
「あ、はい、それは色がちがうんです! 赤と、白で、えっと、白の方が元気な花なので、きっと花びらも厚いんだと思います!」
「まあ」
サーラ姫はとてもうれしそうに笑って、また花びらをさわりました。
十歳の誕生日の後、マリウスは月に何度もサーラ姫に会いに来るようになりました。
「サーラ姫さま! 香りのいい花を持ってきましたよ!」
マリウスはそっと花束を手渡します。
花びらをさわったサーラ姫は、花の形を確かめてから、そっと顔に近づけました。
「とてもいい香り。この花と、この花は香りがちがうのね」
「実は、花の形は同じなんですよ。でも、香りがちがうでしょう? 色がちがうんです。サーラ姫さまには、ちがいがわかるだろうと思ってました!」
「この花は、リンゴの香りに似ているわ。でも、こちらはとても甘い香りね」
「リンゴの方は、赤いんです。リンゴも赤いくだものだけど、花びらの数が多くて、こう、わさっ!としているんです。でも甘い方は、黄色で、えっと、花びらのはしが縮れて……えっと、ヒラヒラっとなっているというか、でも、ヒラヒラしているところはとても色が濃いのに、花の中心は白っぽいんです。えっと、白っぽいってなんて言えばいいのかな……」
マリウスは一生懸命に説明しようとしていました。
目が見えないサーラ姫には、色はわかりません。
きれいだと思って選んだ花が、どんな形をして、どんな色をして、どんなふうにきれいなのかを、一生懸命に伝えようとしていました。
今日は、香りのいい花。
その前は変わった形の葉の木。
その前は家で飼っている大きな犬を連れてきていました。
マリウスは、サーラ姫に会うたびに、いろいろなものを持ってきます。
どれも、マリウスが「見えなくても楽しんでもらえるようなもの」と思ったものです。
ときどき、サーラ姫にはよくわからないものもありましたが、そういう時でもマリウスの一生懸命な説明を聞いていると、楽しい気分になれました。
二歳年下の男の子は、サーラ姫より背が低くて、髪を肩の少し上で切りそろえているようです。
お城の庭で一緒に散歩をすることもありますが、サーラ姫が杖だけで歩く姿にとても驚いていました。
サーラ姫にとって、目が見えないことは普通のこと。
色がわからなくても、香りで花がわかります。
足音で、誰がきたのかもわかります。
マリウスは、いつも名前を名乗ってくれますが、本当はそんな必要もありません。
でも、サーラ姫は内緒にしています。
部屋に入る前、落ち着こうとするマリウスが何度も深呼吸をしている様子は、とてもかわいいのです。
でも、お父さまから「男の子にかわいいと言ってはいけない」と注意されていたから、それも内緒にしていました。
サーラ姫は十一歳になりました。
王さまも、王妃さまも、お兄さまたちも、お姉さまたちも、みんながお祝いをしてくれました。
王妃さまは「少しおとなになったから」と、髪かざりをくれました。
小さな飾りがたくさんついていて、歩くとシャラシャラとすずしそうな音がする髪かざりです。
サーラ姫がもっと小さかった頃、王妃さまはよくその髪かざりをつけていて、その音でお母さまが来てくれることが早くからわかりました。
その髪かざりが大好きなことを知っていたから、王妃さまはサーラさまにゆずってくれたのです。
うれしくて、サーラ姫はさっそくその髪かざりをつけました。
シャラシャラ。
シャラーン。
歩くたびに、頭をそっと動かすたびに、髪かざりはやさしい音を立てました。
それが楽しくて、サーラ姫はいつもより元気に廊下を歩いていました。
「……サーラ姫さま?」
声が聞こえました。
「マリウスね」
サーラ姫は笑顔で振り返りました。
銀色の長い髪がふわりとゆれ、髪かざりもシャランと鳴ります。
マリウスがいるだろうところを探します。
今日のマリウスは、なぜかそばに来てくれませんが、花の香りがするからすぐにわかりました。
「とてもいい香り。リンゴみたいな香りだわ。もしかして、あの赤い花が咲いたの?」
「あ、はい。今年も咲いたから、サーラ姫さまにさしあげようと……あの、お誕生日おめでとうございます!」
マリウスはやっとそばにきて、花束をさしだしました。
一年ぶりのリンゴのような香りを楽しんでいると、マリウスがなんだかもじもじしているようでした。
「どうしたの?」
「あの、姫さまがとてもきれいだから。それに、その髪かざり、とても似合っています!」
「ありがとう。これ、お母さまからもらったの。きれいな音がするのよ」
サーラ姫はくるりと回ってみせました。
すると、銀色の髪がさらりとゆれ、髪かざりがシャラリとなります。もう一度、今度は頭を細かく動かすと、髪かざりだけがシャラシャラとゆれました。
「ね? きれいな音でしょう?」
「はい。とてもきれいです。……まるで流れ星みたいだ」
マリウスはうっとりとつぶやきました。
でも、サーラ姫は首をかしげました。
星、というものは知っています。
夜の空にある、小さな光だそうです。
でも、流れ星という言葉ははじめて聞きました。
「マリウス、流れ星ってなぁに?」
「あ」
マリウスはあわてました。
いつもの説明しようとして、でも、困ってしまいました。
星の説明は、したことがありました。
サーラ姫も知っていたようでした。
でも、流れ星はなんと言えばいいのでしょう。
それに、マリウスも流れ星を見たことは一回しかありません。
だから「流れ星みたい」と言ったのは、本当は流れ星の絵とか、流れ星の形のかざりとか、そういうものににているからでした。
でも、いまさら本物ではないとは言えません。
マリウスは一生懸命に考えました。
「夜、晴れている日は、星がよく見えるんです。そういうときに、本当にときどき、星と同じ明るさのものが流れていくんです」
「ずうっと流れていくの?」
「えっと、そうじゃなくて、すぐに消えてしまうんです。どこでおきるかわからなくて、見つけても、あっ、と思ったらすぐに消えてしまうというか……」
たった一度だけ見た流れ星を思い出しながら、説明しようとしました。
サーラ姫は、マリウスの言葉をもとに、想像してみました。
夜は光がない時間。
星は、太陽とかロウソクの火よりも暗い光。
それと同じ光が、流れていく。
でも、「流れる」ってどういうことでしょう。
すぐに消えるってどんな感じなのでしょう。
でも、きっときれいなもののはずです。
だって、マリウスはサーラ姫の大好きな髪かざりを見て、流れ星と言ったのだから。
音はするのかしら。
光の強さは変わるのかしら。
そんなことを想像して楽しい気分になっている横で、マリウスはいつもより口数が少なくなっていました。
サーラ姫は、たいくつしていました。
このごろ、マリウスが遊びに来てくれません。
もう1ヶ月も会っていないなんて、今までありませんでした。
いったいどうしたのでしょう。
「ねえ、マリウスはどうしたのかしら?」
侍女に聞いても、知りません。
お父さまに聞いてみても、知らないと言いました。
でも、サーラ姫はお父さまがなにかかくしていることがわかりました。
声を聞けばわかってしまうのです。
ほんの少し、声がかたいときはウソをついているときなのです。
でも、お父さまがウソをつくときは、ぜったいに本当のことをおしえてくれません。
だから、サーラ姫はなにも知らないふりをして、マリウスをまつことにしました。
でも、マリウスは遊びに来てくれません。
次の月になっても、その次の月になっても、来てくれませんでした。
いったいなにがあったのでしょう。
もしかして、おこらせてしまったのでしょうか。
きらわれてしまったのでしょうか。
サーラ姫は急にさびしくなってしまいました。
そんなある日、やっとマリウスが会いにきてくれました。
「サーラ姫さま! 今日の花はオレンジの香りがするんですよ!」
前と同じようにいい香りの花を持ってきて、一生懸命に花の説明をしてくれます。
何ヶ月も会えなかったのが夢だったように、前と同じマリウスでした。
きらわれたのではないとわかり、サーラ姫はとてもうれしくなりました。
マリウスの一生懸命な説明は、わかりやすくて、いろいろなものに例えてくれて、ときどき不思議な言葉をつかって、聞いているととても楽しい気持ちになりました。
にこにこしながら聞いていると、急にマリウスがだまりこんでしまいました。
「どうしたの?」
なんだか緊張しているように感じたので、そっときいてみました。
マリウスは深呼吸をしてから、何かをサーラ姫の手にのせました。
「これは、なに?」
「魔法のお札です。ぼくのおばあさまが魔法使いなのは知っていますか?」
「ええ、もちろんよ」
「僕、おばあさまにきいてみたんです。サーラ姫さまに流れ星を見せてあげたいって」
「まあ」
サーラ姫はおどろいてしまいました。
目が見えないのは生まれたときからなので、「見る」ということがよくわかりません。お父さまもお母さまも、いろいろ手をつくしてくれましたが、目は見えないままです。
もしかして、マリウスはそのことを知らずに、方法をさがそうとしてくれたのでしょうか。
「あのね、マリウス、わたしの目は……」
「サーラ姫さまの目が見えるようにならないことは聞きました。でも、僕が見たものを見せることならできるかもしれないと、おばあさまが言ってくれました。だから、ぼく、ずっと準備をしていたんです。それが、このお札です」
マリウスは、こほん、と少しおとなびたせきばらいをしました。
「この魔法のお札を枕の下におくと、ぼくが見る夢をサーラ姫さまもいっしょに見ることができるんです」
「……まあ、そんな魔法があるの?」
「ぼくは魔法使いではないから、失敗するかもしれないけど、こどものうちは不思議な力があるから成功するかもしれないんです。おばあさまのところでたくさん修行して、ぼくの力をぜんぶこめました。明日、このお札を枕の下にいれて眠ってください」
「今日ではなくて、明日なの?」
「はい! だってぼく、今日の夜に流れ星をたくさん見るつもりなんです。今日はよく晴れていて、流星群……流れ星がいっぱい見ることができる日らしいから!」
「ああ、そういえばそうでしたね」
そばにいた侍女がつぶやきました。
サーラ姫も、お兄さまが有名な流星群の日が近いと話しているのを聞いたような気がします。
流星群、という言葉の意味がよくわからなかったのでそのままわすれていましたが、流れ星がたくさん見ることができる日、ということがやっとわかりました。
やっぱり、マリウスが来てくれると楽しいな。
サーラ姫はにっこりと笑い、マリウスの手を探してぎゅっとにぎりました。
「ありがとう、マリウス。これ、明日、寝る前に枕の下に入れればいいのね?」
「はい! おねがいします!」
マリウスはとてもうれしそうでした。
マリウスが帰ってから、お父さまとお母さまにもらった魔法のお札を見せました。
すると、ふたりの雰囲気が少しかわったのをかんじました。
「あのね、サーラ、このお札にはマリウスのすべての魔法の力がこめられているのよ」
お母さまの言葉に、サーラ姫はうなずきました。
マリウスもそういっていました。
でも、お母さまは悲しそうな声でさらにつづけました。
「マリウスはね、おとなになったら魔法使いになれるくらいに、とても大きな魔法の力を持っているの。でも、その力をぜんぶこれにつかってしまったから、しばらく魔法がつかえないでしょう」
サーラ姫はおどろいてしまいました。
そんなにたいへんなものだなんて知りませんでした。
でも、お母さまはサーラ姫の髪をなでながらやさしく言ってくれました。
「サーラ、明日、これをつかいなさい」
「でも」
「マリウスはすべてわかって、これを作ってくれたのよ。だからマリウスのためにつかってあげなさい。でも、あなたは王さまの子だから、本当のことをきちんと知っておかなければいけません」
「だまっておこうかと迷ったけれど。サーラはもうすぐおとなの年齢になるからね。それに、マリウスはあの有名な魔法使いの孫だ。魔力がもどるのも早いかもしれないよ」
お母さまも、お父さまも、とてもやさしい声でした。
しばらく考えていたサーラ姫は、ゆっくりとうなずきました。
次の日の夜。
サーラ姫はマリウスにもらった魔法のお札をぎゅっと胸にだきしめていました。
マリウスは、今もっている魔法の力をぜんぶこめてくれました。
でも、もし自分のせいで夢の魔法が失敗してしまったら……。
「わたし、大丈夫かしら。うまく眠れるかしら」
「大丈夫ですよ。気楽に、いつも通りにおやすみくださいませ。どんな魔法か知りませんが、もしかしたら夢の中でマリウスさまに会えるかもしれませんよ?」
「マリウスに、会えるの?」
「そういう昔話を聞いたことがあります。この魔法はちがうかもしれませんが、きっと楽しい夢になりますよ!」
侍女がそう言ってくれたので、サーラ姫はとても楽しみになってきました。
流れ星を見せてくれると言っていたけれど。
サーラ姫はぜったいに流れ星を見たいわけではないのです。
マリウスが話してくれる流れ星がとてもすてきだなと思ったのです。
「……マリウスが願った通りの夢を、見ることができますように」
マリウスが見た通りの流れ星が見えますように。
マリウスに会えますように。
そうお祈りして、サーラ姫は魔法のお札を敷いた枕に頭をのせました。
◇
サーラ姫は、真っ暗な世界にいました。
いつも通りの暗い世界です。
もしかして、魔法が失敗したのかもしれないとどきどきしていると、暗いなかに小さな何かがあることに気づきました。
針先くらいの、光。
小さな光はたくさんありました。
光は、明るいものも、少しちがう光もありました。
これはなんだろう。とてもきれい。
そう思っていると、光と光のすきまに、急に光が出てきて短い針のような形になって、消えました。
「……あ、これ、もしかして星なの?」
マリウスが説明してくれた通りの星がたくさんありました。
そして、さっきのすぐに消えてしまった針のような星が……。
「あ、また流れ星!」
また、流れ星が見えました。
その後も、すぐ近くで、はなれたところで、つぎからつぎへと流れ星が見えました。
ひとつひとつは小さいのに、流れる瞬間はとてもきれいにかがやいていました。
「サーラ姫さま! 流れ星、見えますか!」
マリウスの声が聞こえました。
あわててあちこちに耳をむけてみました。でもほかの音は聞こえません。花の香りもありません。
こまっていると、ぽんと肩をたたかれました。
「ぼくはここですよ! 流れ星、ちゃんと見えますか?」
「ええ、見えるわ。たくさん見えたわ!」
そう答えながらふりかえると、そこに男の子がいました。
「では、むこうのお城は見えますか? ぼくの家から見ると、お城はあんなふうに見えるんです!」
指さす先に、とても大きなものが見えました。
「あれが、お城なのね」
「はい! サーラ姫さまが住んでいるところです!」
肩の上でふわふわとした髪を切りそろえている男の子は、とてもうれしそうに笑っていました。
「魔法が成功してよかった! ぼく、ぜったいに流星群を見せたかったんです! とてもきれいだったから、サーラ姫さまにも見てもらいたかったんです! あ、ほら、まだたくさん流れ星が見ることができますよ!」
マリウスは、あちらに、こちらに、といそがしく指さしています。
サーラ姫はいっしょに流れ星を探しながら、ときどきそっとマリウスを見ていました。
◇
「サーラ姫さま! 夢、ちゃんと見えましたか!」
いつもの深呼吸を忘れ、かけこむようにやってきたマリウスに、サーラ姫はにっこりと笑ってみせました。
「たくさん流れ星を見たわ。本当にありがとう。とてもきれいだった」
「よかった! あ、これ、香りのいい草です。くだものみたいな香りがしておもしろいんですよ!」
マリウスは今日はいちだんと元気でした。
魔法の力をうしなっているはずなのに、すこしも気にしていないようです。
サーラ姫はそのことに少しほっとしていました。
夢の中で、サーラ姫はいろいろなものを見ました。
でも、朝になって目をあけると、今まで通りぼんやりとした光しか見えませんでした。
少しだけがっかりして、でもとてもしあわせな気持ちになりました。
今、一生懸命に話をしているマリウスの髪が夜の空と同じ色で、お城の壁と同じ色の目をしているとわかったから。
きっと、マリウスは、夢の中と同じように目をキラキラとかがやかせているはずです。
言葉につまると、くちびるを少しとがらせ、目をきょろきょろと動かし、いい言葉を思いついたら大きく口を開け、顔をくしゃくしゃにして笑っているはずです。
「サーラ姫さま? 聞いていますか?」
「ええ、もちろん聞いているわ。マリウスの話はとてもおもしろいんだもの」
「そうですか! では、もっといっぱい調べてきます! サーラ姫さまの代わりにいっぱい見て、ぜんぶお話しします!」
「それは楽しみね」
とてもとても元気なマリウスの言葉に、サーラ姫はにこにこと笑っていました。
十年と少し後。
おとなになったサーラ姫は、よく晴れた春の日に結婚しました。
相手は、とても大きな領地をもつ公爵さま。
星と星のすきまの夜空と同じ色の髪に、お城の壁色の目をした背の高い男の人で、国で一番の魔法使いでした。
(おしまい)