第16話 帰宅
「ねえ蒼馬。一緒に帰ろうよ」
「一緒に帰るって言っても、お前は走りだろ? 俺は電車だから一緒には無理じゃないか?」
「だったら蒼馬も走ったらいいじゃないか」
学校の授業が終わり、エレノアは清々しい笑顔で俺にそんな提案をしてきた。
まぁ走った方が速いからいいんだけど……あまり目立つような行為はしたくないんだよな。
出来る限りは、この世界の常識の範囲で生活をしたいというのが本音である。
「ふん。お主は一人で帰っておれ。そのままセルブターミルまで帰ってしまえ」
「魔王こそ、電車でセルブターミルまで帰ればいいじゃないか。セルブターミル行きの電車を探せばいいよ」
「そんなのあるわけないじゃろ! 兎に角、蒼馬は余と帰るのじゃ。お主は一人で帰るがいい」
エレノアとマナがいがみ合う様子を見て俺はため息をつく。
この二人はとことんまで仲が悪いんだな。
「芹沢氏芹沢氏」
「なんだ、浜崎氏」
浜崎氏が俺の肩を叩くので俺はそちらの方に顔を向ける。
するとまるで悪魔のような表情で俺を睨む浜崎氏の顔があった。
「ちょっとうらやまし過ぎますなぁ……美少女……それも転校生……それも二人から声をかけられるなんてうらやましい! どんな方法を使ったのか、詳しく三文字で答えよ!」
「無理だ」
三文字なんかで答えられるか。
これまであった出来事は、三日三晩ほど語らなければ伝えきることができない。
とにかく色んなことがありすぎた。
まぁ話すつもりは毛頭無いのだけれど。
「くそっ……芹沢氏が羨ましすぎる! 今日は帰ってエミリンに癒してもらう! では!」
体型からは信じられないような速度で帰宅して行く浜崎氏。
ちなみにエミリンというには、アニメのキャラクターである。
「では帰るぞ、蒼馬」
「いや、帰りはエレノアと帰るよ」
「ほえっ!? な、なんでじゃ……余のことが嫌いになったのか!?」
涙目で俺を見つめるマナ。
エレノアはニヤニヤと笑いながらマナに追撃を仕掛ける。
「そうだよ。蒼馬は魔王が嫌いになったんだってさ」
「そ、そんな……余は何かしたか? 嫌われるようなことをしてしまったのか?」
「存在自体が疎ましいんだって」
「う、嘘じゃろ……」
「嘘に決まってるだろ。エレノア。冗談も大概にしておけ」
「ちぇ。このまま蒼馬を独占しようと思ってたのに」
独占なんかできないぞ。
俺は誰のものでもないんだからな。
マナはエレノアの言葉を真に受けていたが、エレノアの冗談だと分かり眉を吊り上げて彼女を睨む。
そして何か叫ぼうとするが……周囲の注目を浴びていることに気づき、顔を引きつらせ出した。
ま、美少女二人が言い合ってるのは目立つよな。
「き、今日のところは貴様に譲ってやろう。だが明日からは蒼馬と帰るのは余なのじゃからな!」
脱兎の如く駆け出すマナ。
「ぐえっ」
だが走り出して四歩目でつまづきこけてしまう。
「…………」
顔を真っ赤にしながらも澄ました顔で教室を後にするマナ。
その可愛らしさいほっこりする。
「じゃあ帰ろっか」
「ああ」
エレノアはクラスメイトに別れの挨拶をし、俺について来るかたちで教室を出る。
帰りは走って帰った方がモモの元に早く帰れるし、一緒に帰るならこれからもエレノアとかな……
なんてことを考えながら廊下を歩く。
「ねえ蒼馬。蒼馬は何か部活? っていうの入ってる?」
「何もしてないぞ。俺は帰宅部だ」
「キタクブ……そんな部活もあるんだ」
「だから何もしてないって。帰宅部って言うのは、部活をせずに真っ直ぐ帰ることを言うんだよ」
「ふーん。じゃあボクも帰宅部だね。とりあえずは」
「とりあえずってことは、何か部活に入るつもりか?」
「あちこちから誘われてるんだよねー」
エレノアは誘われたであろう数を指折り数えながら話す。
「体動かすのは好きだしいいんだけど……でもルールが全然分かんないから答えようがないんだ」
「だったら体験入部とかしてみたらどうだ?」
「体験か……うん、いいかも! スポーツってなんだか楽しそうだよね!」
スポーツの無い世界から来たのか……
まぁ魔王や勇者なんて言ってるぐらいだし、そんな物あるわけもないのかな?
「今日は蒼馬とかけっこを楽しむとしよう」
「かけっこするなんて話したか!? 一緒に帰るだけだろ」
「だったら一緒だよ。走って帰るんだからさ」
「確かにそうか」
まるで鬼ごっこを始める子供のように、楽しそうにしているエレノア。
まぁ俺も体を動かすのは嫌いじゃないし、付き合ってやるとするか。
後は学校を出て、走り出すだけであったのだが……
しかし校門の辺りで何やら騒ぎが起きているようだった。
「? なんの騒ぎだろ?」
「さぁ……なあ、何かあったのか?」
俺は近くにいた男子生徒に声をかけ、そう訊ねた。
するとその男子生徒は青い顔で答える。
「こ、怖い人がいっぱい来てて……芹沢って奴を探してるみたいなんだよ」
「え?」
「ああ! いた! あれだ! あれが芹沢だよ、兄貴!」
校門の方から俺を指差しそう叫んでいたのは……新庄だった。
その隣には確かに見た目の怖い男がいる。
あいつ、兄貴を呼んだのか……
また面倒なことしてくれたなぁ。