第13話 勇者と魔王、学校に降り立つ
「おお……勝手に動いておるな」
電車に乗ったマナは、感激の面持ちで窓の外を眺めている。
まるで小さな子供のような反応。
あまりにも微笑ましく思え、俺はクスクスと笑う。
「な、何故笑うのじゃ」
「マナが可愛いからだよ」
「か、可愛いのは当然であろう! だって魔王なんじゃからな!」
威張るようにそう言うマナ。
だがしかし、電車に乗っている乗客たちはマナのことを見て呆けている者もいる。
彼女が言う通り、実際に可愛いんだからそうなるだろう。
「よ、余のような可愛い女の子となら、一緒に別の世界に行ってもいいじゃろ?」
「あ、それは御免だ。もう異世界には行かない」
「な、何故じゃ!? 別にちょっとぐらいいいじゃろ?」
「……よくない。行かないものはいかないんだよ」
学校の最寄り駅に到着し、駅を出る。
通学路にはすでに学生が大勢歩いており、その数にマナは顔を引きつらせていた。
「こ、こんなにおるのか……」
「ま、結構人数の多い学校だからな」
「おーい蒼馬」
「お、エレノア。もう着いたのか?」
走って来たエレノアは、すでに到着していたようだ。
どうも俺が来るのを待っていたようで……どうやら電車より速く走れるみたいだな。
「それより、なんだか楽しそうだな」
「うん。ボクは身体を動かすのが好きなんだ。朝から走れて、楽しかったんだよ」
「ふん。さすがは脳筋の勇者じゃの」
「脳筋はお前のところの部下だろ」
察するに、ムトーのことだろう。
「……それは否定できんな」
否定できないのかよ。
「ほら、喧嘩なんか止めて、一緒に学校行くぞ」
「うむ。では勇者よ。余たちの後ろを歩くがよい」
「なんでボクが魔王の手下みたいなことしなきゃいけないんだよ!」
「余が蒼馬を連れ帰ったら、お主ら人間は魔族の支配下に置かれることになるのじゃぞ。今のうちに慣れておくがよいわ」
「ちょっとちょっと! なんで君が蒼馬を連れて帰る前提で話してるの!? 蒼馬はボクと帰るんだよ!」
「帰らないから。どっちもとも帰らないから」
俺は二人のやりとりに呆れ、ゆっくりと歩き出す。
エレノアは俺の隣を歩き、さらに聞いてくる。
「ねえねえ、なんで一緒に来てくれないの?」
「……嫌なものは嫌なんだよ」
「だがお主が来てくれなければ、余たちの戦いが終わらんのだぞ」
エレノアとで俺を挟む形で歩くマナ。
そんな彼女が言った言葉に俺は深く嘆息する。
「あのな。俺がどっちかについたら、どっちかが負けるってことだろ? そんな世界を左右させるようなことはもうこりごりなんだよ。誰かを助けることによって誰かが傷つくような戦いはもう嫌なんだ」
俺は一つの世界を救った。
だがそれは結果だけの話。
その間、色んなものを助けたし傷つけた。
人が喜ぶ顔もいっぱい見てきたが、人が死ぬところも沢山見た。
一方を助けるということは他の何かを助けないということ。
個人の問題なら、それは大した話にはならないが、それが世界規模の話になると何百何千の人の命がかかってくる。
そんな恐ろしいことにもう関わりたくない。
だから俺は二人のどちらにもつくつもりはない。
だから俺はこの世界でのんびりと生活すると決めたのだ。
「こやつら人間のことは気にせんでもよいぞ」
「そういう魔族のことを気にしなくていいよ」
「どっちだって気にするに決まってるだろ。お前らどっちも死んでほしくないからな」
「な、なんでボクらに死んでほしくないのさ?」
「だって……もう知り合いだろ? 知り合いには死んでほしくないと思うのは普通ことと思わないか?」
俺は笑顔でそう言うと、エレノアは少し頬を染める。
「き、君の気持ちも分からなくもないけれど……でも、やっぱり魔族のことよりボクら人間のことを考えてほしいな」
「だ、だからじゃな――」
「マナたちから見たら同じことだろ? だからお前たちの争いごとには首を突っ込まない。やり合いたいなら自分たちで勝手にしてくれ。あ、でも殺し合いはするなよ」
「だけど、人間と魔族……勇者と魔王が戦うのは使命だ」
「使命って思い込んでるだけじゃないか? 戦わない選択だってできるんだし」
「そういうわけにはいかないんだよ! だってボクは……世界の命運を託されたんだから!」
俺は苦笑いしながらエレノアの頭を撫でる。
「あんまり肩ひじ張り過ぎるなよ。そんな生き方は疲れるだけだ」
俺は以前のことを思い出す。
「俺が……そうだったから」
「蒼馬……お主、別の世界でどんな経験をしてきたのじゃ?」
「うーん……ま、色々だな」
マナが俺の左手を見下ろして何か聞きたそうな顔をしている。
ま、どう考えてもこの手の話だよな。
「そんなことよりマナ、エレノア。転校生ってのは結構目立つ存在だから、皆と仲良くできるように頑張れよ」
「ほえっ!? 他の誰かと話をしなければいけんのか?」
「当然。それに二人みたいな可愛い子だったら、余計に声をかけられると思うぞ」
「か、可愛い……? ボクが可愛い?」
ポッと赤くなるエレノア。
「まずは職員室に行かなきゃだよな。ほら、俺が案内してやるからついて来い」
二人は素直に俺の後をついて来る。
しかし、こんな美女が二人も転校してきたら、大騒ぎになるだろうな。
平穏を望んではいるが、そういう楽しい騒ぎは嫌いじゃない。
俺は二人の顔を見て、この後のことが楽しくなり一人内心笑うのであった。