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きじばとのゆくえ  作者: 高田 朔実
9/13

メタセコイア2

「小川っち、火が点いちゃったね」

 小川先輩と同級生の、土屋さんが笑う。

「小川さん、お菓子作りが、本当に好きなんですね……」

「あの子、ああ見えて理系女子だから、こういう、少しずつ条件を変えて結果を見て、考察してまた試して……っていうの大好きなの。まあ、私たちも同類になりつつあるけどね」

 そんな話をしていると、ふと、机の上にディズニーランドのお菓子の缶があるのが目に入った。今まで見たことのないものだった。

「なんですか、この缶。『ご自由にどうぞ』って書いてありますけど」

「ああ、それ、小川っちが自費で焼いたクッキーだって」

「え? 自費で作ったのを、振る舞ってくれるんですか?」

「とても一人じゃ食べきれないからって。まあ、私たちにはそれはど違いはわかんないんだけどね」

 一枚頬張ると、今まで活動で作ってきたものよりも、よりサクッとしていて美味しい気がした。

 やがて小川先輩が戻ってきた。

「先輩、なんだかいろいろ詳しいですよね。そういうの、どこから覚えてくるんですか?」

「全部あの本に書いてあったことばかりだよ。せっかくいい本持ってるんだから、もう少しちゃんと読もうよ」

「すみません、レシピ以外のページ開いたことなくて」

「あれ、あの人、よく網野さんと一緒にいる人じゃない?」

 窓の外を見ていた先輩の一人が呟く。

 和美かな、と確かめようとする前に、小川先輩が窓を開けて「おーい」と叫んだ。外を見ると、藍田君が一人ぽつりと立っていた。小川先輩に目をやり、一瞬よそ行きの顔をしたように見えたが、私を見ると、すぐさま普段のふてぶてしい表情に戻る。

「あの人、網野さんの知り合い? なんて言うの?」

 小川先輩は私を振り返る。

「藍田君です」

「藍田君、おいでよー。クッキー食べてよー」

 小川先輩の言葉をきくと、信じられないことに、藍田君は回れ右をして玄関の方向に歩き出した。

玄関から家庭科室までは数分かかる。彼が到着するまでの間、あの人は誰だという話になる。みんな私の様子をうかがうので、彼は隣のクラスの人で、私の隣人によく教科書を借りに来るのだ、と説明する。

 彼がやって来ると、小川先輩は「この間はありがとうね」と言った。

「え? 知り合いなんですか?」

「いくら私だって、知らない人を突然呼び止めたりしないよ」

 てっきり、私との仲をどうこう詮索するために呼びとめたのだと思ったけれども、勘違いも甚だしかった。

「この間、私のチャリがパンクしちゃったのを、藍田君が直してくれたの」

「自分のを直すついでだったんで」

「まあ、私もパンク修理くらい自分でするけどね、その時たまたまジャージ持ってなかったんだよね」

 一瞬どういうことかと思ったけれども、要はスカートが短いので、しゃがみたくなかったということらしい。

「その時、後でお礼にお菓子をごちそうするって言ったの」

「社交辞令かと思っていました。律儀なんですね」

「まあ、ちょうど通りがかったから」

 敬語を使っているからか、藍田君がいつもより冷たい人に見えない。小川先輩と話しているからそう見えるのか。

「今日は部活に行かなくていいの?」

 などと言ってみる。

「最近足の調子が悪くて、今週は休んでいるんだ」

「へえ、藍田君、運動部に入ってるんだ?」

「登山部に入っています」

 とたんに、かっこいい、と声が響く。かっこいいんだろうか、と心の中でつぶやく。

「どこの山行くの? アルプスとか?」

「うちの部活はそれほどでもないので。今年は尾瀬へ行きます」

「三年生の部員もいるの?」

「いますよ」

「え? 誰?」

「野崎先輩です、野崎隆也さん」

「あの人登山なんてやってたの? ウケるんだけど」

 どういう人なのか知らないので、どう反応したらいいのかわからないけれども、藍田君も一緒になって笑っているから、まあいいのだろう。

 小川先輩は「ご自由にどうぞ」の缶ではなく、今日焼いたクッキーを藍田君に差し出す。今日は自分の分は食べないつもりなのだろうか。

「いただいてしまっていいんですか?」

 意外と礼儀正しい言葉が出て来る。みんなが大きく頷いた。

「これ、なんていうか、すごくいい香りですね。なんていうものが入ってるんですか?」

「ピーカンナッツと、メープルシロップが入ってるの」

「ほほう」

「どんな木か知ってるの?」

「知らない、日本に生えているもの以外にはそんなに興味はないんだ」

 淡々とそんなことをいいながら、藍田君はおいしそうに全部食べてしまった。

「大変おいしかったです。どうもありがとうございました」

 ていねいにそう言って頭を下げると、あっと言う間に去ってしまった。

「先輩、これ今までの中でも一番いい焼き具合ですよ。食べたほうがいいですよ」

 そう言って、私の分のクッキーを先輩に差し出す。先輩は「ありがとう!」と言って一枚取ったが、もっと取って下さいというと、三枚取った。

「うん、ランダムに取ってどれもいい焼き具合。ばらつきないみたい。成功だね!」

 と言った。

 これで、私も彼に三枚あげたのと同じことになったはずだと思った。


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