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きじばとのゆくえ  作者: 高田 朔実
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最終話

 あれから十年以上経った今、改めて思うと、それなりに世の中も変わってきている。

 当時はまだ存在をよく知りもしなかったインターネットを使うのが普通になり、おそらく検索ツールを駆使したり、SNSで探したりしてみれば、あの人が今どこで何をしているのか、調べられないことはないのだろう。そこまでして、と思うということは、所詮それまでの関係だったということなのだろう。

 夏休みが終わり、新学期になると、あの人は学校からこつ然と姿を消していた。

 驚いて三宅君に詰めよると、「転校したんだよ」と何事もなかったかのような返答があった。

「どうして?」

「夏休みの間に決まったんだってさ。俺たちも部活で合宿行ったときに聞いて、引っ越す前に送別会はしたけど、部活の人以外には周知する機会は、まあなかったよな。そんなに顔が広かったわけでもないしな」

「どうしてそんなに突然なの?」

 三宅君に言ってもしかたがないと思いながらも、ほかにこんなこと言える人もいない。

「俺もよく知らないけど……親が自由な人で、いつも突然引っ越すことが決まるらしいんだ。だからあいつ、あんまりほかのやつらと仲良くしてなかっただろう? どうせまたすぐに引っ越すことになるって思ってたんだろう」

「そんなの、寂しいじゃない」

「まあ、もう慣れてるとは言ってたけどな。でも、早くどこかに落ち着きたい、とりあえず転校しないで済むように大学生になりたいって言ってたよ。だから、せっせと勉強してたんじゃないか」

 そんなこと、私には一言も言わなかった。言われたからといって、何ができたわけでもないけれど。

 でも教えて欲しかった。私が教えてもらったことといえば、この学校にどんな植物が生えているかくらいで、あの人についてはほとんどなにも知らないままだった。

「三宅君とは仲良しだったんだね」

「まあ、部活で一緒に泊まったりしてたからな。けっこう時間あったし、普段なら話さないようなことも話してたんだろうな」

――植物は、日本国内ならどこへ行っても大体同じものが生えているから、見ていると安心するんだ。

 そんなことを言っていたのが思い出されたが、こんな背景があるとは思ってもみなかった。

 最後に藍田君と会ったのはいつだっただろう。私が思い出せるのは最後に会った日のことではなく、その少し前のことだった。

 登山部のポスターの前で、気まずくなってしまった日から、数日後のことだったと思う。水曜日ではなかったけれど、少し帰るのが遅くなった日だった。

 珍しくキジバトの木の下に藍田君が立っていた。あれ以来、彼があの木の下に立っていたのを見たためしがなかった。声をかけようか迷ったけど、いくらなんでもそろそろ雛がいるんじゃないか、見せてくれてもいいんじゃないかと思って、声をかけてみることにした。

「どんな様子?」

 振り返ったその顔は、いつも以上に無表情に見えた。

「あれ、なんだかさっぱりしてるね」

「昨日、剪定されたんだ」

「なんでこんな時期に?」

 彼は答えなかった。今まで目隠しになっていた枝が取り除かれ、私でさえ、あれが鳩の巣だろうとわかるものがあった。

「鳩は?」

「カラスにでもやられたんだろう」

 私が何か言おうとすると、

「仕方ない、自然の摂理だ」

 そう遮られた。

 それ以来、ますます口をきく機会は減り、テストが終わって気が抜けたのか、彼は教科書を借りに来なくなって、図書室にも来なくて、そうして知らないうちにこの学校からも姿を消していた。

 私は何と言えばよかったのだろう。秋になったら作ろうかと思っていたどんぐりクッキーは、結局つくることはなかった。もはや彼がいなくなった校内で、新たに動植物の名前を覚えようという気にもならなかった。だから、私が知っている植物は、あのとき藍田君に教えてもらったものだけで、それ以降情報更新されていないのだ。そうして今でも、梅雨時期に目立つもの以外はろくに知らないままでいる。


 図鑑を手に取ると、床に置いて開いてみた。これがどうしたというのだろう。

 ぱらぱら見てみると、真っ先に開かれたページに、写真が挟まれていた。

 この図鑑は、彼からもらったものだった。終業式のちょっと前に「これあげる」と言って持ってきたのだ。

「最近改訂版が出て、そっちを買ったから、これはもう使わないだろうから。必要であれば置いていくけど」

 珍しい出来事だったので、びっくりした。あの時はあの人も転校するだなんて思っていなかったのか、それともなんとなくそんな気配を感じていたのか。

 彼が転校してしまってからは、裏切られたような気がして本を開く気にならず、見ていなかった。

 写真は、いつだか三宅君がフィルムが余ったからと言って、メタセコイアの下にいたとき撮影していったものだった。二人とも、驚いた顔をして映っている。そこにいる二人はあまりに若いので、びっくりした。なんて無邪気な表情をしているのだろう。その楽しそうな様子が自分の身に起きたことだとは、到底思えない。

 あの頃、私の前にいろいろなものが突然現れて、そうしてまた突然消えていった。そうしていく中で、私もまた彼のように、そのひとつひとつのことに深く関わらないようになっていったのかもしれない。この写真のようにまぶしい景色を、もう長いこと見た記憶がない、そんな気がする。 

 藍田君は、少しは私と過ごした時間のことを楽しかったと思ってくれていたのだろうか。短かったあの高校での生活の中で、少しは特別なものだと思ってくれたのだろうか。ほんの少しは、私に自分のことを忘れないでほしいと思ったこともあったのだろうか。あの校舎内のさまざまな場所、図書室、家庭科室、庭のさまざまな場所で過ごしたささやかな時間は、彼にとっても、それなりに意味のあるものだったのだと、そういうこととして受け取ってよいということなのだろうか。

 ふと、昼間見たあのキジバトの羽を、拾ってくればよかったなと思った。

「忘れることはなくても、忘れたふりはできるよ」

 そんなこと、誰に言ったらいいんだろうと思いながら、図鑑を閉じた。図鑑を枕元に置くと、電気を消して、布団に入った。


                                            おわり


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