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9話 鮮血

ディグレ村は居心地が良かった。

なにしろ気づいたら一週間も経っていた程だ。

ロルビスがそろそろ王国に行くような雰囲気を出すと、村人達が「まぁまぁ、もう少し居ましょうよ」的な事を言って引き留めた。

ロルビス自身もこの村を離れたくないという思いもあって、それだけ経ってしまった。

もし本来の目的を思い出さなかったら、あの村で一生を過ごすことになったかもしれない。

ロルビスがいよいよ出発を決意し、荷物の準備をしようとすると荷物がなくなってたり、カリーナのアピールがさらに大胆になったり、「こうなったら既成事実だ!」と一部の男達が暴走を起こしてカリーナに色々吹き込んでケナールに拳骨をくらって仲良く気絶したりと最後まで騒がしかった。

そして、いざ出発するとなるとカリーナが号泣(後に演技だとわかった)してなだめるのに時間がかかり、かなり出発が遅れたため、出発は明日にしよう、となったり。

そんな感じでずるずると出発を引きずった。

なので出発したのはつい昨日だ。

ディグレ村に来る時は面倒だったので森の中を突っ切ったが、村で貰った地図によるとガリュートル王国までは街道が整備されているのでそちらを通ることにした。

今のところ、魔物や盗賊と鉢合わせる事もなく平穏だ。

天候も良好、太陽の光でポカポカしている。どこか見晴らしのいい場所で昼寝でもしたい気分だ。

ロルビスは自分が広大な草原で昼寝しているところを想像した。うん、気持ち良さそうだ。

ロルビスは心の中にある『死ぬまでにやっておきたい事』のリストに『大草原で昼寝』をメモしておく。

ただ、問題はキレイで見晴らしのいい大草原はあるが昼寝ができるほど安全ではないという事だ。

昼寝してたら魔物が来て食われちゃいました、なんて死に方は笑えない。

やはり諦めるか、と思った時、異様な臭いを感じ取った。

鼻をツンと刺すような鉄の臭い。いや、これは鉄ではなく血の臭いだ。

どこかで誰かが血を流している。

ロルビスは血の臭いがする方向に向きを変える。

無視してもいいのだが、巻き込まれたがりのロルビスにそのような選択肢はない。なお、本人にその自覚はない。

街道を外れ、森の中に入る。

進むに連れ、血の臭いは濃くなっていく。

かなりまずい状況なのかもしれない。ロルビスは歩く速度を速めて血の臭いがする方向にズンズン進んでいった。

少し歩くと、声が聞こえてきた。女のものだ。

女の声は必死に何かを叫んでいた。

警戒されないように気配を殺さず、ズカズカと足音を立て、こちらの存在を気づかせる。

茂みをかき分けてヒョイと顔を出すと、そこには金髪ショートカットの女性が一人、地面に倒れている男に呼びかけている。その周りに男達が三人、ロルビスを待ち構えていた。

金髪の女性は鎧に身を包み、男達は革鎧を着て腰に剣と短剣を帯びている。

首にかけられた銀色のプレートを見るにおそらくは冒険者だろう。

「起きて! 起きてください!」

女性はロルビスに気付くことなく、地面に血みどろで倒れている男に呼びかけ続ける。

男は左肩から右の脇腹にかけて、ざっくり抉られていた。

女性が体を揺すってもは虚しく体が揺れるだけで男は目を覚まさない。揺らすたびにごふっと男の口から血が溢れた。

「何者だ」

そこで最低限の、威圧する野太い声。

剣を構えていた男の中から中年の男が歩み出ていた。

後ろの二人に目配せして合図を出す。それを見た男二人が女性と重傷の男を守りやすい位置に移動する。

「通りすがりの者です」

正直に答えるロルビス。だが、逆にふざけていると思われたようだ。男の顔が険しくなる。

「冗談に付き合ってる暇はないんだ。邪魔をするというなら、斬るぞ」

ぐっ、と腰を落として腰から抜いた短剣を構える。

後ろにいる男達も腰から剣を抜く。

「いやあ、ふざけてるつもりはないんですけどね」

両手を上げて敵対しない事をアピールするも男の警戒は解かれない。

「あ、あなたは?」

と、そこで女性がロルビスに気づいた。

「レールバン、下がっていろ」

「ええ。いや、待ってください」

レールバン、と呼ばれた女性がロルビスを見つめる。

そして、ロルビスの少し尖った耳も。

「えーっと、何か?」

「あ、あなた! エルフですね! 回復魔法を使えますか!?」

「え? ええ、使えますけど……」

「お願いします! 彼を助けてください!」

「はぁ… わかりました」

ロルビスは重傷の男に歩み寄ろうとするが、男達に阻まれる。

「おい、レールバン! 危険だ!」

「いいえ、これは勘ですが。この方は信用できます」

「何を言ってるんですか! 勘など宛になりませんよ!」

たしかに勘など宛にならない、がレールバンは頑として譲らなかった。

「では他に彼を助ける方法がありますか!? それとも彼を見殺しにするんですか!?」

そう言われて男はぐっと押し黙る。

「お願いします!」

ロルビスは重傷の男に駆け寄った。同時に手を叩きつけるように虚空に魔法陣を描く。

それを見た女性が目を見張る。

「これは、まさか魔法陣!?」

男達も同様に驚いていた。間抜けに口が半開きになっている。

光が男を包み込み、少しづつ傷口を癒やしていく。

二分程、ロルビスは魔法を行使し続けた。

魔力量の面では問題ないが二分間も魔法を行使すればさすがに精神的な疲労が来る。

男の傷口が塞がる頃にはロルビスはぐったりしていた。

「ふぅ……」

地面に座り、木にもたれかかって一息つく。

「あの、ありがとうございました」

「え? ああ、こちらこそ信じてくれてありがとうございます」

座るとレールバンがおずおずとお礼を言ってきた。

さっきの気迫はどこへやら。これが本来の彼女の性格なのかもしれない。

「私はヘルヴィア・レールバンと申します。冒険者です」

「ロルビス・クロスです。えーっと……ただの通りすがりのエルフです」

「え、クロス……?」

「……どうかしましたか?」

「あ、えっと、いえ、なんでもありません。よろしくお願いします、ロルビスさん」

にっこり微笑むヘルヴィア。

改めて見ると美人だ。どっかのお嬢様と言われても違和感はない。

「ところで、どうしてこんな所に居たんですか?」

「それは…」

ヘルヴィアの話によると、ここ周辺を縄張りにする盗賊団の殲滅の依頼を受けたらしい。

なんでもその盗賊団はかなりの手練揃いで有名。人数もかなり多いとか。

その中でも盗賊団の団長が元上位冒険者だったそうだ。

なぜ、その団長が冒険者から盗賊になったのかはわからないが、相手が強敵であることは明白だった。

そのため複数のパーティと合同での依頼を受け、盗賊団が根城を構える廃城に突入した。

しかし、結果は散々。

ほぼすべてのパーティが全滅。撤退しようとしたが盗賊団の追撃を受ける。その際にヘルヴィアの仲間が捕らえられてしまった。

いくら熟達した冒険者でも烏合の衆では連携のとれた盗賊団には敵わなかったようだ。

「あそこには周辺の村から攫われた女の子もいます。だから……」

「助けに行くつもりですか?」

「はいっ」

即答だ。ヘルヴィアの瞳には強い決意があった。

だが、そこで中年の男が待ったをかけた。

「危険だ、この人数では勝ち目はない」

その意見に他の男も賛同する。

「ああ、俺達ではもう無理だ」

「くそっ! 悔しいが、依頼は失敗だな」

しかし、ヘルヴィアの瞳は少しも揺らいでいない。

「それでも、私は行きます」

「正気か、レールバン!」

「ええ、私は正気です。そして本気です」

ヘルヴィアは力強い眼差しで中年の男を見返した。

その瞳に男がたじろぐ。

「なら俺も手伝います」

「え? それはありがたいですが……」

「あなたはとても強い人だ」

「へ?」

「あなたのような、誰かのために命を懸けられる人を死なせたくないんです。あなたのように強く、美しい生き方をしてる人が俺は好きなんです。だから、手伝わせて下さい」

「は、はい、お願いします……」

ヘルヴィアはちょっと顔を赤くして頷いた。

「ハッ! もしかして私、口説かれてます?」

「え!? あ、いや、すみません。そういうつもりはなかったんです」

「そ、そうですか。なら良かったです」

その時、ロルビスは殺気を感じた。

振り向くと男達が物凄い目を向けていた。ちょっと、いやかなり怖い。

ヘルヴィアは美人だ、狙っている男も少なくないだろう。ひょっとしたら自分は多数の男性冒険者を敵に回すところだったのかもしれない。

「あー、それじゃあ知っているかぎり敵の情報を教えて下さい」

ロルビスは男達の視線から逃げるようにヘルヴィアに話題を振った。



  □ □ □ □ □



彼は自信に満ち溢れている。

集団戦で取る指揮は見事なもの、自分自身も強いこともわかっている。

事実、彼はついさっきも複数のパーティで組まれた冒険者達も返り討ちにしてやった。

魔物討伐なんかもお手の物。

かつて冒険者だった頃は周りから一目置かれる存在だった。

彼の正真正銘の実力、彼の残してきた戦果、そして彼に送られる称賛。

そのうち、それは彼のプライドとなった。

はのプライドが自信となって今の彼を形成していた。

だから彼は、自分が負けるなど思いもしなかった。

たった一人の男に、全てが狂わされるなど。

たった一人のエルフに、負けるなど思いもしなかった。



  □ □ □ □ □



ロルビスは身体強化で森の中を素早く走り抜ける。

静かに、速く、そして冷静に。

目指すは盗賊団の根城の廃城。かつては魔物を討伐する際の拠点として王国騎士団に使われていたそうだが今では見る影もない。

作戦は魔法が使えるロルビスが侵入し、捕らわれたヘルヴィアの仲間を助け出し、人質という手札を失わさせる。

そして、ロルビスとヘルヴィアの仲間で協力して盗賊団の団長を倒して大将首を潰す。

頭を失い、盗賊団が混乱したところをヘルヴィア達が奇襲、というシンプルな作戦になった。

というか、他に思いつかなかった。

敵の数は総勢二百人。油断はできない数だ。

「───ッ!」

と、そこでロルビスは急ブレーキ。近くの木陰に隠れた。

「あれは…」

そこには盗賊団のメンバーらしき男が二人、歩いていた。

おそらくは見回りか。盗賊団のリーダーはやはり用心深いようだ。

丁度いい。情報を聞き出そう。

ロルビスは木陰から飛び出しとすぐに男達に向かって走り出した。

「なっ、何者だテメ──ぶご!?」

こちらに気づいた男が剣を抜こうとするがそれよりも速く駆け寄ったロルビスが顔面に強烈な蹴りを打ち込む。

男は背中から地面に倒れてそのまま動かなくなる。

「うわっ! うわああぁぁぁ!」

一人残った男が情けない声を上げながら剣を上段に振りかぶった。

だが、男が剣を振り下ろすよりもロルビスが虚空に魔法陣を描く方が速かった。


カッ、と一瞬の閃光。


一瞬だけだが男の目を眩ますにはそれで十分。

ブンッと男の振り下ろされた剣が空振る。

ロルビスは男が駆け寄ると、無防備な腹に膝蹴りをくらわせた。

「うぐっ!」とうめき声を上げて男が地面に膝をつく。

剣が男の手からこぼれ落ちた。それを拾い上げて、へし折る。

武器を失ったことで完全に抵抗する気がなくなったのか、男は地面に崩れ落ちた。

ロルビスは膝を折って座り込んだ男に目線を合わせて訊いた。

「質問があります。あなたは本当に盗賊団の仲間(メンバー)ですか?」

すると、男はハッと顔を上げた。

「違います! お、俺は盗賊団じゃない!」

「盗賊団に入るよう脅された、そういうことでいいですか?」

「そ、そのとおりです! 俺以外にも無理矢理盗賊団に入れられた奴がいます!」

となると、他にも盗賊団に入れられた人はいるだろう。

まともな戦闘経験もなしに戦場に立つことがどれだけ恐ろしいことか。

襲った村や旅商人などを戦場に投入しても戦闘面ではさほど意味はないように思えるが、ロルビスのように救出に来た者からするととても厄介だ。

盗賊団ではない者は傷つけないように気をつけねばならない。

「他にも何か情報はありますか?」

「えっと、あ…… そ、そうだ。盗賊団の団長はグイレンという名前だそうです。顔はわかりませんが、たしか、魔法を使えるそうです!」

「魔法を?」

それがグイレンが盗賊団の団長にまで登り詰めた理由かもしれない。

だが、

(相手がただの魔法使いなら、俺は圧倒的に有利だ)

ロルビスは、そのために努力してきたのだから。

「俺は行きますので、あなたは隠れていてください」

「は、はい。ありがとうございます」

ロルビスは男に背を向けて歩き出した。

「ハッハァ! かかったなぁ!」

次の瞬間、恐怖にブルブル震えていた男が懐から短剣を取り出してロルビスに襲いかかった。

「うん、やっぱりか」

ロルビスの描いた魔法陣から炎が放たれた。

炎は男を飲み込み、吹き飛ばした。


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