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81話 警戒


「貴様、何者だッ!?」

鎧を身に纏った衛兵達が剣をベン・レファーに向けた。

この騒動を前に、流石にガリュートルの騎士団も動い出している。文字通り国を真っ二つにされている時点で遅いとしか言い様がないが。

衛兵は武器も持たず、鎧も身に纏っているわけでもないダークエルフを見て訝しげな表情だ。だが怪しんでいるというだけで警戒しているようではなかった。

それもそうだろう。何しろ相手は肉体的に貧弱な種族(ダークエルフ)なのだから。


「よし、動くなよ。 ──残りの者はあそこでやり合ってる二人を警戒しろ!」

衛兵の中から隊長と思しき男が一人で歩み出る。どうやら二人とはロルビスとリカを指したものらしい。

ロルビスとリカ、どちらが敵なのか、何が目的で戦っているのかはわかっていないが、とりあえず二人とも取り押さえる腹積もりのようだ。


命令しながら、それもさして警戒してない。

それがあまりにも愚かな行動だと知るには、遅すぎた。

「……………」

隣にやってきた男をベンがチラリと見る。ベンにとって男は羽虫程度にしか思っていなかった。


人が、特に何の理由もなく虫を殺すように。

ただそこにいるだけという理由でベンは殺す。



近づいてきた男の頭を鷲掴みする。

男は(ヘルメット)を装着していたが、ベンの意を介すには不十分過ぎた。これでは紙と変わらない。

メキッと不穏な音が鳴った。


「──な…にをしているッ!?」

ベンが何をしているのか、どこから鳴った音なのか理解できなかった男の、戸惑いの声。

それがこの男が最後に発した言葉らしい言葉だった。



──メキメキメキメキッッ!



兜だけでは、済まない。

「がァッ!? あ、ァアアああああーーッ!?」

絶叫が木霊する。

そこからは人間が発する声とは思えない声が鳴り響いた。

それも潰れた兜から赤い血と別の何かの液体が溢れ落ちるころには止んでいた。


頭部の上半分を無くし、物言わぬ(むくろ)となった肉塊がべシャリと血溜まりに落ちた。


もう衛兵に動ける者はいなかった。

無惨に殺された男の死を哀しむことも、憤ることもできずにただ立ち尽くしている。

『近づいたら殺される』と、本能的に理解してしまったのだ。

ベンは(ひしゃ)げて自分の手の形に凹んだ兜を放り捨てると、先程から一進一退を繰り返す二人に再び目を向けた。






『魔剣アヴウェノシア』

その性質は刀身の形を自在に変えること。

使用者以外から干渉を受けないように柄から送られた魔力にのみ反応し、変形するようになっている。


この模擬聖剣(くさり)は、そんなこと考慮していなかった。

どこからでも、誰からでも、干渉できる。

触れていようと触れてなかろうと、

離れていようと離れてなかろうと、

老若男女 上下左右 遠近 離接 を問わない。

送られた魔力の全てに反応して形を変える。だから──



「ぃよいしょおぉぉぉぉ!」

「……くッ…………!」



──ロルビスがどんなに力強く引っ張ろうとも、鎖が形を変えてリカは体勢を強引に立て直すのだ。

今もまさにロルビスが操った鎖がリカの動きを抑えようと蠢くが、逆方向から送られてきた魔力に反応して蠢きを抑える。

魔力と魔力の、引き合い、押し合い、鍔迫り合い。

だからといってそちらだけに意識を割くわけにもいかない。両者、左手は鎖で繋がれ、右手は完全に自由(フリー)。手に持った得物で攻撃するのは当然といえよう。


ロルビスは普段から魔剣(アヴウェノシア)を使っているため、左手の鎖も同様に卓越した技術を何度も披露している。

魔剣(アヴウェノシア)が一本増えたようなものだ。持ち前の器用さも合わせて二本とも巧みに操る。



それでもリカの牙城は容易に崩せなかった。

右、左、上、下、ありとあらゆる方向へ鎖を動かすが鎖の躍動に対しリカはその場から大きく移動することはなかった。

『暖簾に腕押し』とはまさにこのこと。

魔力の操作技術は間違いなくロルビスの上を行く。ロルビスが今もなお生きているのは魔剣(アヴウェノシア)を持っているから──単純に手札が多いからだ。


鎖は二人の中間あたりから曲がるとロルビスに向かって突進してきた。

リカが操ったのだろう。ロルビスにとっては己を架す鎖であり、牙を剥く驚異でもある。しかしリカにとっては応用の利く攻撃手段だ。


根本は抑えてる。なにも問題ない。

ロルビスは焦ることなく対処した。魔力を送り込み、鎖の動きを阻害する。あっという間に御された鎖は従順な乗用馬のように大人しくなった。


「なかなかやるねぇ☆ ロルっち」

「褒められてる気がしませんね」

「そんなことないよー? 本心本心」

のほほんと言ってのけるリカ。

彼女の言う通り、本心だとしても本気を出していないのは目に見えてる。

「その右手に持っている得物(もの)、使わないんですか?」


ロルビスが指したそれは、リカの右手に握られている白色の棒。それ以外に表現のしようがない。何の変哲もないリカの身長と同じ長さの棒だ。強いて例えを上げるとした『鉄パイプ』が一番正しいかもしれない。

よく見れば銀色が混ざっている。ロルビスの手錠も、リカの棒、背負った物体。それら全てが白く、目を凝らすと鈍く光る銀がある。


ユウトの聖剣と並べてどちらが偽物かと問われたら間違いなくこちらが偽物だと答える。

偽物だという安心感。偽物でありがなら魔剣(アヴウェノシア)以上の効力を発揮するという焦燥感。

もしリカがあの白銀棒を使い始めたら押されるのはロルビスだ。


「どうしようかなぁ〜 使ってほしい?」

「いえ、できればそのまま使わないでもらえると──」


リカは右手の棒を操った。


「──助かりますッッッ……!」

棒が伸びた。

直進する棒の先端は尖ってもいなければ刃が備え付けられてるわけでもない。

だが破壊力は抜群だった。


──ガコンッ!


顔の真横を通り過ぎて、棒はロルビスの背後にあった壁を穿った。折れた木材と砕けた石材が崩れ落ちる。


瓦礫が地面を打つ音、ロルビスは既に音が遠い。

回避と同時に走り出していたため、ロルビスとリカの間にあった距離は幾分か縮んでいた。


近接戦で挑む。

魔力操作で敵わないと悟ったロルビスは接近して直接攻撃を選択した。

いくら技術があってもロルビスが全力で刃を突き立ててれば、少女の柔肌は確実に貫ける。そう判断しての行動だ。


リカがその思惑に気付かないはずもない。

何らかの対処をすると思った。ロルビスもそれを見越しているつもりだった。回避なり防御なり、取れる手段を用意した上で特攻じみた『攻め』に出たのだ。


駆けながらロルビスは目を見開く。




リカは無防備に両手を広げた。




罠か、仕掛けか、誘いか、誘導か。

あらゆる情報が脳内を駆け巡った。

ロルビスの頭の中で、リカが取る可能性のある行動が無数に積み上げられていく。


(わら)っている。

そこからは如何なる計略も読み取れない。


少女が口を開く。


──(痛み)をちょうだい、と。


攻撃を受け入れるつもりだ。

悩む。悩む。悩む。

少女(リカ)に、本心(いつわり)はあるのか。



一瞬の隙が出来る。死闘の最中の、致命的な一瞬だ。



その場にいた全員がその隙を見逃した。

リカ。ベン・レファー。ロルビスの意識が逸れたことに気付きながら、動かない。

ロルビス自身、動揺で隙ができたことに気付いていない。


そして──



煌めく銀閃。

魔剣(アヴウェノシア)の剣身が伸びた。


ロルビスは止まれなかった。

警戒をしておきながら、相手を仕留めることを優先した。



剣の行く先、貫けば確実に殺せる場所、

リカの心臓を貫くためにロルビスは魔剣を伸ばした。


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