80話 怪物
エゼルスの息が完全に途絶え、骸となったのを確認したロルビスは魔剣を腰の鞘に納めた。
「……痛ぇ」
魔法陣を描き、火傷した右腕に治癒魔法をかける。
ひとまず皮膚はある程度治すことができたが服までは直せない。群青色のコートの二の腕部分だけが焼け落ちてしまった。
現状は、どうなっている?
魔法人形は あらかた片付いたのだろうか。
他に魔族の仲間はいるのだろうか。
もし他にも来ているのなら、殺さねば。
(思考が物騒になってる……)
自分がとうに戦闘狂になっていることは自覚しているが、戦闘後はそれが顕著になるのかもしれない。
だが、この考えを改めるつもりはない。むしろ今はすべきではないとすら思っている。
「──次は、貴方ですか?」
この場で、少なくともロルビスの耳が捉えられる範囲では戦闘音はほぼ収まっている。
静寂と化しつつある戦場で、ロルビスは睨みつける。
「いいや、まだかな」
静寂の中で、ベン・レファーの声がよく通った。
今まで静観していたベンは、今もその姿勢を貫こうとしているのか。この男が自発的に動き、その身体を使ってロルビスを攻撃してきたのは最初に現れた時のみ。
最初から今この瞬間まで、目的がわかっていない。
これもまたベンの不気味さを際立たせる要因になっていた。
「『まだ』とは具体的にどういうことですか?」
「うーん、実のところ僕もこれから君に用事ができるかわからないんだよ。試したいことはいくつかあるかもしれないけど、君は協力してくれなさそうだし」
ベンは顎に手を当てて考える素振りをする。
「ちなみに、どう?」
「もちろんお断りしますね」
拒否、しかも即答されてベンは肩を落とす。とてもわざとらしい。
「じゃあ仕方ない。あとは自由にしていいよ」
「……は?」
突如として影が差す。
真上、ロルビスの頭上、あまり距離はない。
「───ロルっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
小さな体躯の少女が、飛来した。
鮮やかな金髪をツインテールにした背中に真っ白な四角い物体を背負った少女。
少女の披露した隕石のような着地と、着地の際に鳴った重低音。それらが目の前にいるのは少女以上の──あるいは少女以外の何かだと示していた。
今日はどうやら『人外』の襲撃が多いようだ。
「やっと会えたね!」
「いや誰ですか」
至極当然で、実に素朴な疑問。
ロルビスはこの少女と面識はない。少女が一方的にロルビスを知っているだけだろう。
金髪がふわりと揺れ、少女は天使のような満面の笑みを浮かべた。
そして堂々と宣言する。
「私はロルっちのストーカーだよ☆」
意味がわからずロルビスは、しばしフリーズした。
戦闘では僅かな隙が致命傷に繋がり得る、と常日頃から警戒心を鍛え、気を張っているロルビスが。
「………う、あの…えっと、その………………貴方の名前は?」
ロルビスは、気にしないことにした。
「あぁ~、ごめんごめん自己紹介忘れてたね」
両手を広げ、ビシリとポーズを決める少女。
「リカ! よろしくね、ロルっち!」
「………よ、よろし───」
一応、礼儀として挨拶を帰そうとした時、ロルビスの真横を何かが高速で通り過ぎた。
「それじゃ早速やろうか」
ジャラジャラと擦れるような金属音を鳴らしながら横を通り過ぎたそれは少女の手元に戻った。
蛇を彷彿させる動きを披露したのは鎖鎌だった。
どこからともなく取り出したそれは純白で、神々しい。そう、まるでそれは勇者の『聖剣』のような。
その考えに至った途端、ロルビスの中で少女に対する警戒度が一気に上がった。
「あ、やっぱ気になる? コレ」
考えを見透かしたリカが手で純白の鎖鎌をジャラジャラと弄びながら問いかける。
さらに、そこから必然的に浮かび上がる疑問にもリカは先んじて答えた。
「勇者の『聖剣』はそれを賜った勇者本人以外には使えないのに なぜ? ──って思ってるんでしょ」
疑問をすべて洞察されたロルビスに言うことはない。続けて出されるであろう回答を待つことにした。
「これね、模造品なんだよ。大した能力は一切持ってない ただの贋作、だから───」
リカは鎖鎌を振り上げた。与えられた力に従い、鎖鎌は天高く鎌首をもたげた。
先端にある鎌の部分は見えなくなり、ひたすらに伸びる鎖と化す。
「どうせ贋作なら、ロルっちの魔剣と同能力にしてみたんだ☆」
天を断つ鎖。刃はなくとも地を穿つ。
鎌は見えなくなったのではない。なくなったのだ。
変形し、ただの鎖と成った。そして次になるのは───拘束具だ。
リカが巧みに操った鎖はそれ単体が生き物のように蠢きロルビスに襲いかかった。
紐状の物を使う武術がある。武人が修練の果てに辿り着く境地は魔法と見間違える程に卓越し、武器は生物のように動く。
だがリカが操った鎖は、言うなれば物理法則を無視したありえない動き。
ロルビスの魔剣と同じ変形自在にして千変万化の武器。
ありえないなんて事はありえない。ロルビス自身がそれをつい最近 証明した軌道。
──ガチャンッッ
先端が手錠に変形しロルビスの左腕を繋ぎ止める。
リカがそれを引っ張ればロルビスはその引力に対抗するべく足に力を入れるが、思いの外リカの腕力は強い。
引っ張られて空中に浮かび上がったロルビスは身体をひねって体勢を立て直し、着地した。
見れば両者の間にはもう十五メートルほどの距離しかない。
もはやその距離は魔力を扱える者にとって数歩の余地。
そこまで接近したところでリカは鎖の反対側を手錠にして己の左手首に嵌めた。
「勝負をしよう、ロルっち」
リカが背中の物体から新たな『聖剣』を取り出した。
粘土のように背中の物体から千切られた それは真っ直ぐな棒状に伸び、瞬く間にリカの身長と同等の長さになった。
ロルビスとリカを繋ぐ手錠と同じ物のようだ。
「ルールは魔法、武器、何でもあり。制限時間はどちらか、あるいは両者が死ぬまで。簡単な殺し合いだよ☆」
「これが、遊び………?」
ロルビスが小さく呟いた言葉にリカは意外そうな顔を見せた。
「うん、そうだよ?」
「他の人も、こんなふうに殺したんですか?」
「あれ、そういうの気にするタイプ? ロルっちは無関係の人間が死んでもあんま気にしないと思ったんだど」
少女にとって殺しは遊び。だが──
「──でもロルっちとヤるなら話は別かな☆ これは……そう、愛し合い! うん、愛し合いだよ!!」
少女にとって痛みは『愛』──
「とっても重要! 殺す相手次第だよ、遊びか本気かなんて☆」
どこかで、誰かが生み出した、歪んだ怪物。
「──だから、殺し合おう☆」
そして怪物と対峙するのも、またある種の怪物。
「殺しに来るってことは『敵』でいいですよね」
敵は殺す。
話し合える、分かり合える、なんて発想は最初からない。
「じゃあ……… すみません、殺します」
大切なもの以外、全てを捨てる覚悟を決めた怪物。
他人の命を奪うことがどれだけ罪深いのかを理解した上で、必要なら虐殺すらも厭わない鬼。
「…………………」
リカ。ロルビス・クロス。ベン・レファー。
この世に数多存在する怪物の内、3人目がここに集った。




