表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/77

78話 猛毒


一方は、大剣。一方は、長剣。


一方は、人類。一方は、魔族。


一方は、人間。一方は、吸血鬼(ヴァンパイア)


双方、女性。


剣技と呼ぶにはあまりにも豪快すぎる、荒々しい軌道を描いて大剣が吸血鬼の頭 目掛(めが)けて振り下ろされた。

それを長剣が迎え撃ち、刃が頭に届くことはなかった。


ガァンッ!


鐘をついたような轟音が空気を震撼させる。

さながら喜劇(コメディ)。脚色された過剰表現がこの場の現実に侵食していた。


大剣を一旦戻し、身体を一回転させて──二撃目。左右対称の軌道で再び襲来させる。

それも同様に長剣で受け止めた吸血鬼の女。その表情には苦もなく焦りもない。


同様に、ユーミラの表情にも焦りはない。

これくらいなら受け止められて当然だと表情(かお)が語っていた。

そのままの体勢で吸血鬼の女が左手を柄から離し、空中で強制的に動きを止めた大剣に手を伸ばす。どうやらユーミラの大剣を奪うつもりのようだ。

そう は させまいとユーミラはすぐさま大剣を引き戻し、大剣から右手を話すと吸血鬼の左手を掴んだ。


──ボキボキバキッ!


そして右手に全力で魔力(ちから)を込めた。

ユーミラの握力に耐えかねて、掴んだ吸血鬼の左手首から鈍い音が鳴った。

常人なら痛みに悲鳴を上げていただろう。

しかし、吸血鬼は少し顔をしかめただけで、それどころか折れた左手に構わず なお大剣を奪おうとしてきた。


吸血鬼は驚異的な再生力を持つ種族だ。それ故に負傷を躊躇わないところがある。

『多少の傷ならすぐ治る』

『肉体の損傷で死ぬことはない』

そんな生物としての条理を捨てたような生物。傲慢の塊。

それが吸血鬼という種族だった。


だからこそできる戦い方がある。

例えば、このように骨が折れても気にせずに動かすこと。

決して痛覚が無い訳ではない。だが耐えることに関しては吸血鬼は一級だ。

長年続く人類との戦争で、傷を幾度も負った。


もう、(ケガ)には慣れた。


一歩踏み込む。

そこでユーミラは初めてこの吸血鬼に明確な『脅威』を感じた。ここで仕留めるべきだと本能が囁いた。


次に起こした行動は計算してのことではなかった。

ただなんとなく、こうしたほうがいいと思ったからだ。

右手に力を込める。更に腕、肩、背中と全身に魔力をより巡らせた。

「フンッ」

吸血鬼の身体は想像よりも軽かった。

いや、ユーミラの腕力が強すぎるのか。

ユーミラが吸血鬼の左手を握ったまま腕を上げれば、吸血鬼はその方向に引っ張られる。

だから思いっきり腕を上げ、そして手を離せば吸血鬼は打ち上げ花火の如く上昇した。

空中に投げ飛ばされた吸血鬼は成す術もなく、勢いの続く限り空へ昇った。


次第に重力で減速し、上昇から自由落下に切り替わる。周囲に足場はなく、方向転換も何もできない。

ただ落ちることしかできない。

吸血鬼は結局、諦めて防御の構えを取った。

なんとか体勢を立て直し、剣を両手でしっかりと握った。

両耳を掠めていく風を切る音が、着実に地面に近づいていることを示していた。


視線を下に向ける。

大剣を野球のスイングのように構えているユーミラを視認した。

あれを見れば次にくる攻撃なんて馬鹿でもわかる。


さあ、衝撃だ。


「───ハアッ!」

再度の轟音。そして震撼。

酷使させる剣は悲鳴のような音を上げるとともに火花を散らした。


先程まで真下に落ちていたのに、気づいた瞬間には真横に飛んでいた。

背中に風圧がかかる。全身を襲った衝撃は一瞬で落下の軌道を変更してくれた。果たしてこれは良かったのか悪かったのか。


とにかく今は止まらなくては。

吸血鬼は両足を地面に突き刺す。しかし、それでも勢いは殺せず そのまま地面を(えぐ)りながら進む。

二本の線を十メートルほど地面に抉り描いたあたりでようやく止まった。

「──くっ」

足裏が削られるような感覚に襲われたが、吸血鬼の頑丈な肉体は至って健在だった。だが少なくとも履いていた靴はボロボロだ。

「余所見とは余裕だな、吸血鬼殿」

影が刺す。

既に追撃に出ていたユーミラが、大剣を上段に構えて目の前まで迫っていた。


その傲慢を叩きのめすつもりで、ユーミラは大剣を振り下ろす。

吸血鬼の顔から余裕は消えていた。その瞳はユーミラを明確な敵と認識していた。



瞳に映る人間(ユーミラ)は獣のように地を駆ける。

振るわれる大剣は野山を切り崩すほど巨大で強大。

獣のように、走る、走る、疾風の如く。

風のように、駆る、駆る、死神の如く。

血と闘争に飢えた獣は牙を剥き出す。

その牙はまさに死神の鎌。地を駆け、命を狩る。



衝突は凄まじく、せっかく抜いた吸血鬼の両足を地面に再び沈めるほどだった。


それでもユーミラの剣は曲がらない。

吸血鬼(ヴァンパイア)の女の剣は折れない。

「良い剣だな」

一旦距離を取り、言葉を投げる。

自分(ユーミラ)の攻撃を受け止めるその硬度への称賛も含めた正真正銘の本音だ。


無視される、と思ったが意外にも吸血鬼は返答した。

「ああ、そうだろう。吸血鬼(わたし)の力に耐えられるように特注したものだ」

言う通りあの剣はかなり頑丈だ。ユーミラの攻撃に耐え、吸血鬼の膂力で振るわれても未だ刃こぼれすらしてない。


だがそれはただ頑丈なだけだった。

魔力不要論者にとっては、術式が刻まれたものを使うことも『魔力に頼る』ことに該当する。

つまりロルビスの魔剣のように形が変わることもなければ、ユウトの聖剣のように概念を切り裂くこともない。

ただただ頑丈な剣だ。


「実に私にぴったりじゃないか」


「──は?」

意味を掴み損ねた吸血鬼が間抜けな声を漏らす。

ユーミラは気にすることなく続けた。

「難しい魔力操作を必要とせず余計な効果もない、ひたすらに硬い(つるぎ)。まさに理想の剣だ」

二の句、三の句、ユーミラは語る。

「少々短いが予備としては十分だな」

「…何を……言っている?」

理解はできない。だが、目の前の人間が許し難いほどの傲慢な事を言っているのだけは理解できた。


「もらうぞ、その剣を」

額に青筋が立った。吸血鬼の顔が、怒りで歪む。


「──人間風情が、調子に乗るなァーーーッ!!」


ダンッと地面を蹴る音。

爆風が起こり、砂埃が舞い上がる。一頭の(しし)のように走り出した。

一直線にユーミラの懐に潜り込もうとする。憤怒の念に駆られた、実に読みやすい動きだ。

それがわかりきっていたユーミラは、わかりきっていながらも回避行動は取らない。


昔から変わらない本人の性格──あるいは在り方。

それは実にシンプルで合理性を欠いた行動。



真正面から、迎撃する!



本日で何度目か わからない轟音が鳴り響く。

力と力の衝突は音だけでなく衝撃波すら生み出した。

それに押し返されてユーミラは後ろに飛ばされ、建物に激突する。吸血鬼も同じく飛ばされたようで、反対側の建造物に突っ込んでいた。


身体についた砂埃やら木片やらを払い落としながら立ち上がり、右手に持った大剣の具合を確かめる。

「よし」

何も問題はない。もとより確かめる必要もない。

ユーミラの大剣は折れるはずがないのだから。


ガンッ、と地面に大剣を突き立てて杖代わりにして立ち上がる。杖が必要なほどの傷は負っていないが……まぁ、気分だ。


「──ッッ、よくも……」

吸血鬼ものめり込んだ建物から出てきた。ユーミラと違い、服の汚れを払うほどの余裕はないようだ。完全に頭に血が上っている。

「私の剣を奪うと? それが許されると思っているのかッ!? そんな戯言を吐いたことを後悔するがいい! むしろ私がお前の剣を──」

そこで言葉が途切れた。

吸血鬼が言葉を紡げなくなっていた。

口を開けたまま一点を見つめ、表情を驚愕に染めている。


見つめる先には、ユーミラの大剣がある。

酷使しすぎたせいだろう。大剣の一部が剥がれていた。

だが刃こぼれではない。剥がれているのは、部品でも剣身でもなく『塗装』だった。


塗装が剥がれ落ちた場所からのぞく純白の剣身。吸血鬼はそれを見て驚いていた。


「なんだ、それは……… なぜお前がそれを持っているッ!? それは勇──むグッ!?」

「おっと」

高速で移動したユーミラが吸血鬼の顔を鷲掴みにする。

口を塞がれ、吸血鬼はモゴモゴとくぐもった声を出した。

「静かにしてくれるか。何処で、誰が、何を聞いているかわからない」

ユーミラが人差し指を立て、口の前で『シーッ』のサインを作る。

子供の悪戯(イタズラ)がバレてしまったような無邪気で凶悪なその顔は、今まで誰にも見せたことがなかった。



持ち上げた吸血鬼を地面に叩きつける。

「確かに吸血鬼の身体は強靭だ。だが肉体(からだ)は再生しても、精神(こころ)はどうかな?」

未だ状況の変化についていけない吸血鬼の頭に、拳を振り下ろした。


──ドンッッ!!!


重低音が鳴り、ユーミラの拳と地面に挟まれた吸血鬼の頭は卵みたいにあっさりと割れた。

パシャパシャと血液と脳漿(のうしょう)が飛び散る。


「ッ、にを──」


再生し、頭が再構築される。

頭が潰れた程度では死なない。どんな傷でもあっさりと治ってしまう。それが吸血鬼という種族だ。

もちろんそれを知った上でユーミラは攻撃を続ける。


頭の次は腹。

頭部を潰した手とは反対の手で吸血鬼の腹を思いきり殴った。


「がはぁ!? くっ、そ。おま──」


腕が貫通し、地面を穿つ。

ユーミラに殴られた地面には巨大な(クレーター)が出来上がった。

また再生する。


「無駄だ、吸血鬼はこの程度で──がバぎャッ!?」


再び振り下ろされた拳が、再び頭を潰した。

そして再生する。


「な、何度やろうと──厶びゃッッ!!?」


吸血鬼の言葉は気にせず、ユーミラはその後も黙々と吸血鬼を潰し続けた。


「がばゃッ!?」


殴る。治る。


「とみゅぇッッ?!」


潰す。直る。


「ぎャバッッ!?」


殺す。再生する。


「も、やめょあッッ!?!?」


殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。

殺す。再生する。



「……ぁ……………ぅあ……………………」

ひたすら殺し続け、ひたすら潰す音が鳴り続け、吸血鬼がまともな言語を話せなくなった頃に、ようやくそれは終わった。




後にユーミラは、称号を授かる。


不死(イモータル)殺し(スレイヤー)


毒の苦痛を持って不死たる神を死に至らしめた九頭竜(ヒュドラ)のように、不死身と言われた吸血鬼を倒した冒険者として名を馳せるようになる。

その名は尊敬を集めたが、同時に畏怖や恐怖も集めた。


再生する吸血鬼を何度も殺し、再起不能にした。

そんな恐ろしい女だと周囲に印象づけてしまった。



まるでそこに猛毒があるかのように、ユーミラに近付く者はパッタリといなくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ