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76話 友達


精霊は魔法適性そのもの。

それぞれが(つかさ)どるモノに関することならば、何でも出来る。これは過言ではない。

この世で起こる天変地異は、全て精霊の仕業なのでは? という声もある。

そして、精霊(それ)をなんの代償も無しに使役できる精霊使い(セルレーナ)、は畏敬の念を向けられている。


(──なんで……)


だから、もし。

もしも精霊使いを倒せるような者がいるとすれば、

それは同じ精霊使いか、

精霊を上回れる程の強者か、


あるいは、予想もつかないような異端者(イレギュラー)


今まさにセルレーナが対峙している男のような、異端と呼ばれる者。

精霊使いが不利な状況に(おちい)るほどの、強者。

それはまるで、悪魔のように微笑んでいる。



(──なんで、精霊さんが……出てこないの!?)



初めての窮地。初めての強敵。

走る緊張。(したた)る冷汗。削られていく体力。無くなっていく魔力。(つの)っていく焦燥感。溜まっていく疲労感。迫りくる攻撃。増え続ける生傷。

津波のように押し迫り、嵐のように過ぎ去っていく。

目まぐるしい状況変化に、セルレーナはついて行けない。



八方塞がりの精霊使い。追い詰められる最強。

見事に術中に(はま)ってくれたセルレーナを見て、男は ほそく笑む。




その男に名はない。

いや、もしかしたら名前はあったのかもしれない。ただ男が覚えていないだけで。


物心がつく頃には魔族側にいた。親はおらず、気にかけてくれる人もいなかった。おそらくは孤児だったのだろう。


見た目も、血も、魔力も、完全に人間だった。魔王軍にいる人間。そんな存在はよく疎まれる。マーレイ族と同じだ。

だが、男はそれ以上に自分が疎まれている原因があるのを自覚していた。


男は、異端の者だったのだ。


男は『指定したものを認識出来なくする』能力を持っていた。


そして男には趣味があった。


切り落とした敵の首を、冷凍保存しているのだ。


それは討ち取った証。それは己の成果。

強者と相対し、殺し、首が一つ、また一つと増えていく光景に、男はどうしようもないほどの興奮を覚えるのだ。


何故こうも自分が歪んでいるのか、一体この異能は何なのか、本人にもわからない。

わからないまま、この異能(ちから)を使い、盗み、欺き、騙し、殺し、幼い頃から難なく生き抜いた。

そんな彼を気味悪がって誰も近づかなかった。“彼女”以外は。




「精霊使いの首はまだ持ってないんだ」

セルレーナを“あの時”の思い出と重ねる。


彼女はとても愛らしく、そして、とても美しかった。


「君が生首になったら、僕の一番のお気に入りになる。そう確信しているよ。どうかな?」

男の中で、感情が膨れ上がっている。

新しい玩具(オモチャ)を見つけた時の子供のような気分。

じわじわと追い詰めてゆくほど膨れる嗜虐心。


かつて、これほど心が弾むようなことがあっただろうか。そう思うくらい、精霊使い(セルレーナ)は“彼女”に似ていた。


「お断りです」

「………フラれちゃった。まあ、どっちにしろ生首にはするんだけど」

そう言って男は拳を構える。

男が使うのは己の肉体のみ。剣や槍などの武器を使う才能はなかった。

もちろん魔法適性もなく、だが魔力量だけは多い。


適性なしの魔力持ち。

この世界にいくらでも溢れてる人物像(キャラクター)。特出した個性は正体不明の異能のみ。



そんな男が、精霊使いという才能に溢れた存在を圧倒する。


「知っているよ。 魔法適性は『どれほど精霊に好かれるか』で決まる。けど精霊使いは、精霊使いとして誕生した時点で魔法適性の概念から外れる」


男はセルレーナに急接近すると、思い切り脚を繰り出す。

蹴りを紙一重でセルレーナが躱すと、それを見越していた男は躱した先に二撃目(回し蹴り)を用意していた。


セルレーナは脇腹に叩き込まれそうになった男の脚を両腕で受け止める。

力の均衡により、両者は至近距離で睨み合う形になった。

「結構できるね。精霊使いだから、接近戦は苦手だと思ってたよ」

「……ッ」

が、ダメージが(ゼロ)という訳でもない。

確かな重みと衝撃が、セルレーナの腕に伝わっていた。



先程、男が言った事は真実だ。

精霊使いは、時に『精霊の伴侶』あるいは『精霊の恋人』と呼ばれる。


魔法適性はどれだけ精霊に好かれるか。そして精霊とは特定の個体ではなく、あらゆる所に無数にいる精霊のことだ。

そこら辺にいる、お互いをよく知らない精霊からどれだけ好感度を引き出せるか。

そういった『魅力』がそのまま『魔法適性』になる。

精霊から好かれた分 魔法適性は大きくなり、譲渡された魔力に応じて必要な魔法を起こす。


一方で精霊使いは、そのようにそこら中にいる精霊から魔法適性を引き出すことが出来ない。

何故なら()(そば)に契約した精霊がいるから、他の精霊はあまり近寄らない。

契約した精霊はまるで恋人のように契約者に寄り添い、それ以外の精霊は手を出さない。

だからこそ精霊使いは、精霊の伴侶や恋人と呼ばれるのだ。



他の精霊から魔法適性(ちから)を借りれないセルレーナと、気付けないだけでそこに居ることに気付かれたら終わりの男。

状況的に両者はお互いを追い詰めたようで追い詰めてない。


セルレーナは男に近づけない。

男は明らかに近接戦闘に慣れており、(ヤツ)の間合いでは分が悪い。今まで精霊に頼りすぎていた事実がセルレーナの両肩に重くのしかかる。


男は早期決着を望んでいる。

セルレーナは接近戦に不慣れだが、向こうには年月と共に積み重ねた経験と魔力量がある。

時間稼ぎに徹底されたら男の魔力が先に尽きる。



セルレーナは集中力、男は魔力、どちらかが尽きた時が、どちらかの敗北。

着実に近づいてくる敗北(タイムリミット)に、次第に二人には焦りが(しょう)じ始める。


焦りは禁物。

その言葉が指すように、戦いに置いて焦りは致命的な隙へと繋がるのだ。

セルレーナの場合、瓦礫に足をとられ(もつ)れる。

「──あッ!?」

視界が傾き、地面が近づく。

捕食者は獲物が目の前で寝そべろうとしているのを、見逃すことはしない。そこは容赦も遠慮も無い、弱肉強食の、殺し合いの世界なのだから。


強い衝撃がセルレーナの腹に襲いかかった。

身体が何度も転がる感覚と、胃の中のモノがこみ上げてくる感覚。吐瀉物(それ)を吐かなかったのは聖女として崇められ、はしたない姿を見せてこなかったという体裁とプライドがあったからだ。

それでも土や木片などで真っ白なローブは汚れる。


「かほっ、えほっ」

追撃を恐れ、セルレーナは急いで体勢を立て直そうと試みる。だがセルレーナが恐れた追撃は来なかった。


スッと影が差す。

セルレーナの視界には、男の両足が入り込んでいる。


男を見上げる。そして、


──ブワッ


冷や汗が勢いよく出てきた。

足から腰まで見上げた所でその異物があった。

腰──正確には股間。大きく膨らんだそれを見て、セルレーナに悪寒が走る。

男は土に汚れ、地面に這いつくばるセルレーナを見て興奮していた。


『男』に対する恐怖が、セルレーナの全身を支配した。自分が『女』だということを、恐怖と共に再認識する。


男の手が伸びる。セルレーナの顔に向かって、()()ぐ。

そして優しく、慈しむように、撫でるように、頬に触れた。



「───────き」



『□□□』

「ッッ!?」

男が何か、言葉を発しようとした瞬間だ。


ナニカが聞こえた。

人類の言語ではない。人類の総力を持ってしても完璧な解読に至れなかった、聴き取れない言語。

近距離で、魔力を通して、ようやく何か聞こえるほどの、生物の可聴領域から外れた言語。


人はそれを、精霊言語と呼ぶ。

ここに来てやっとセルレーナの精霊(ともだち)は男を脅威として認識した。

精霊にとって今までの出来事は子供の遊びと変わらなかったのだろう。

存在としての格が違う故に、目の前の男がセルレーナにとっての脅威だと考えつくのに時間がかかってしまった。


だが、もう精霊は男を敵として認識した。

「え? うそ、あれ?」

セルレーナも、精霊(ともだち)を認識した。気づけなかっただけで、ずっとそこにいたのだ。



精霊(ともだち)が発した言葉は、精霊言語で『水』を意味する言葉だ。

もしこれが人間や亜人種が発した言葉だったら、出現した水の量はせいぜいコップ一杯か、多くともバケツ一杯分だっただろう。

「はっはは……」

男の口から乾いた笑いが漏れる。

頭上に大きな水の塊があった。

一言から()でた軽く一軒家を潰せるほど大きな水塊が生み落とされる。


「クソッ、マジか──何!?」

男は後退し、回避行動を取るが時は既に遅し。地面が隆起して男の足を絡め取った。

大地は男の敵であり、セルレーナの味方である。

セルレーナが全ての水と土を支配下に置いた今、男に逃れる術はなかった。


───ああ、やはり……


巨大な水塊が男を飲み込み、地面と接触する。

直後、竜の咆哮の如き音が響き、濁流が悉くを押し流した。水が周囲の建造物を崩壊させ、そのまま流れで掻っ攫う。


更地の中心には一適の水すら浴びなかったセルレーナと水圧によって潰され地面に伏した男。

「ガッ、ゴボッ」

男の口から血と水が混ざったものが溢れ出た。

身体も、内蔵も、ほとんどが潰された。それでも男は意識を保つ。


セルレーナが、とても美しかったから。




別に、彼女が自分に特別な感情を抱いてくれている、などという考えはなかった。

彼女はただ憐れんでいたのだろう。人間である自分を。

彼女が誰にでも優しかっただけのこと。


強く、威厳があり、それでいて慈愛の心を持つ。

セルレーナが複数の精霊を従える姿は、まるで彼女のようだった。

だが彼女とセルレーナが、戦えばおそらくセルレーナが勝つだろう。精霊に勝つなど、そんな事が可能なのは勇者か魔王くらいだ。


「……ア…リ…………」


男は小さく呟き、息絶えた。



更地の中心に残った男の死体と共に立つ勝者はセルレーナ。

だがセルレーナに勝った喜びなどなかった。


精霊がいなければ何も出来ないという悔しさを噛み締める。


(私は──)


密かな決意を胸に。

セルレーナはその後もしばらくそこに(たたず)んでいた。



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