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75話 勝利


ユウトは機動要塞を倒した後、何をすればいいのか わからず、とりあえず一般人の避難誘導にあたった。


魔法で親とはぐれた迷子を探したり、魔法で道を塞いだ瓦礫(がれき)を退かしたり、近づいてきた魔法人形(ゴーレム)を撃退したり、足腰が悪くて走れない老婆にかかる重力を減らして運びやすくしたり──


「兄ちゃんッ、こっちの瓦礫退かすの手伝ってくれ!」

「りょーかい!」


「ゴ、ゴーレムだ! 逃げろォ!!」

「──ッ 《エェンナリウルサ(大いなる大地よ)フセ(歪め)!!》」


──と、それなりに活躍していた。

魔法を惜しむことなく連発し、一般人を次々と救助する。

大量の魔力と、高い魔法適性を持っているユウトだからこそできる芸当。しかしそれ故の消耗も激しい。


魔法を使い始めてからユウトは日が浅い。魔法の発動にはある程度の集中力を必要とし、魔力は減らずとも体力がガリガリと削られていた。

それでもユウトが動き続けられるのも、集中力が途切れても失敗しないのも、


(それもこれも、聖剣(こいつ)のおかげかな)


ユウトは右手に握りしめた聖剣に目を向ける。あの女神から貰った純白の聖剣は、陽光を反射して今も輝いている。

最近になって気づいたが、ユウトの『最強(チート)』はこの聖剣によるところが大きい。


この聖剣はユウトが魔法を使う際に、補助してくれていたようだ。ユウトが魔法を使う時に想造(イメージ)する魔法に対し、ユウトの込める魔力量が多ければ自動で調整し、消費しなくていい余分な魔力はユウトに還元されていた。逆に、込める魔力が少なければ聖剣がユウトから吸い上げていた。


これまで気づけなかったのは、この調整が物凄く精密で緻密だったからだ。

あのポンコツ女神は、実は凄かったのかもしれない。このキラキラと無駄に光る聖剣にも感謝しなくては。

心の中で女神が『あれ、私は? 私には感謝しないの?』と言った気がした。

うるさくないけどうるさい。



その時のユウトは運が良かった。

たまたま白く輝く聖剣を持っていたおかげで、その剣身に映った黒い影に気づけたのだから。


振り向く。詠唱する。想造(イメージ)する。その場で取れる選択肢はたくさんあった。

ユウトはその中から『(かが)む』を選んだ。

本能が、叫んだのだ。


回避しろ、と。


「不意打ちかよッ!?」

結果、それはユウトの命を救うことになる。

(かが)んだ直後、今までユウトの首があった場所を高速の剣が通過した。


地面にうつ伏せのような体勢になったユウトは、自分が一つの弾丸になった姿を想像(イメージ)する。

後は魔力を込めれば魔法が発動。超高速の弾丸となり、前方に急加速した。

危うく壁とぶつかりそうになるが、今度は自分が空中で一切動かず停止している想像(イメージ)をする。

そうすればユウトの身体は壁にぶつかる寸前でピタリと止まった。なんちゃって魔素使いの爆誕である。


体勢を立て直すと、ユウトは顔を襲撃者に向ける。

目に映るのは、黒。剣身に映ったのと同じ色。

それ以外に特段上げるような特徴がない。むしろそれが最大の特徴と言っていいだろう。


全身黒ずくめ。

頭の旅頂点から足の先まで、黒装束で覆い隠してる。

唯一、肌らしきものが見えるのは目の付近。それ以外は周囲の光を吸収しているんじゃないかと思うほどの黒。

持っている武器も黒。刀ように見えるが、ユウトが知っている形状と少し違う。

とにかく黒を詰め込んだような黒。一切の光を寄せ付けない深い漆黒。

そこにだけぽっかりと穴が空いたような、虚ろな黒色だ。


「─────」

冷や汗が頬を伝った。

ここに来て、この状況に陥って、ようやく気づいた。


ユウトは、個人(ひとり)で敵と相対したことがない。

いつも隣には、経験豊富で頼りになる仲間が、ロルビス、ユーミラ、ヘルヴィアがいた。

だが今は、一人。完全なる一騎打ち。

そのことに、知らず知らず恐怖している。


その恐怖を、ユウトは黒装束に集中することで無視した。

恐怖なんぞに目をくれてやる暇などない、とでも言うように、ひたすら観る。


(落ち着け、よく()ろ)


そう、最強の『時を止める能力』を持つ“あの人”が言っていた。

見るんじゃあなくて観ることだ。


ついでにロルビスも言っていた。相手を見る時に、ただの『観察』にならないことが重要だと。

相手が何を考えて行動しているのか、何をしたいのか、何を目的としているのか、何を得意としてるのか、何を苦手としてるのか。

見て、考えることはたくさんある。


今のユウトは、相手が『黒い服を着た変な奴』程度の認識しかしてない。もっと情報を集めるのだ。


利き手は──右手。

武器を持っている手は右手だ。つまり右利き。


得意技は──奇襲。

不意打ちを始めとした、意表を突く技。



目的は────言うまでもなく、ユウトの殺害。



(もっと、情報がぁああぁぁぁっぅわぁ!?)

更に観察しようとしたら、視界が黒く染まる。

その正体は目の前まで迫った“黒装束”。高速移動からの高速の一撃を放つ。


たった今、理解した。

この黒装束は、ユウトを殺す為に送り込まれた。

言うなればユウトは『魔法特化』の勇者だ。近距離戦闘は不得手。その上、ユウトの魔法は高火力だが それ故に構築に時間がかかる。

そこをしっかりと調べ尽くし、挑んできた。この黒装束が近距離戦闘を得意とするから。


もしかしたらユウトは、この世界に来て初めて最大の危機(ピンチ)に直面しているかもしれない。

相手との相性が悪く、近くに頼れる仲間はいない。一般人の避難誘導と救出を優先して、別れたのが(あだ)になった。


黒装束は得物を振りかざす。

刀のような形状をしたそれは、近くで見ればより一層 刀に見えた。

(あ、死ぬ)

振り下ろされる刀を見つめながら、ユウトは呟く。


「──《シューキ(加速)》ッッ」


真後ろにふっ飛ぶ。

ロルビスに教えてもらった呪文が役に立った。

勉強は嫌いだが、魔法の勉強は割りと好きだ。やはりファンタジー世界のものになると意欲が湧くというもの。

ユウトがこの世界に来て覚えた単語はそこまで多くはない。だが、対処できる状況が──ユウトの手札は確実に増えている。


高速で後退しながらユウトは次の呪文を詠唱する。

「《カマサハ レア(火炎の刃)》!」

虚空から炎が生み出され、刃の形状を成す。

時間にして、約1秒。形成後、すぐに発射する。

その合間に黒装束はユウトとの距離を五メートル以内に詰めていた。

「速、すぎだろッ!?」

叫ぶ頃には、たったの1m(メートル)。炎の刃は黒装束に一振りで かき消された。


もはや魔法を作る隙は無いと考えたユウトは、持っていた聖剣を横一文字に振り抜く。

初めて聖剣に『剣』としての役割を果たさせた。しかし素人同然のユウトの振りでは、ほぼ効果がなかった。


ブォン! と聖剣虚しく空を斬る。

身体を屈めることでユウトの一閃をアッサリと躱した黒装束は、返す刀でユウトを斬りつけた。


「────ッぐァ!?」


全身に電流が流れたかのような激痛が走る。

脇腹に叩きつけられた黒刀は、ユウトの身体に傷を付けることなく止まっていた。

勇者の魔力によって極限まで強化された肉体は、黒刀の切れ味を防ぐに足る硬度を誇っていた。


だが、痛覚はまた(べつ)

走る激痛も、こみ上げてくる吐き気も、(にじ)む涙も、魔力は抑えてくれない。

「ガハッ …ハ………ッ、ゴホ……!」

痛みで思考が、押し潰されそうになる。


こんな激痛(もの)に、あと何回耐えればいい?


何回耐えれば、ヤツを倒せる?


考えること全てが、マイナスで、ネガティブな方向へと持っていかれる。

もう嫌だ、と投げ出したくなる。

その瞬間(スキ)にも、黒装束はユウトの息の根を止めようと襲いかかってくるというのに。


真上から迫りくる黒刀。

ユウトは頭の中から、最も構築しやすく、効率のいい呪文を引っ張り出す。

「………《ハスタ(阻め)》ッ」

不可視の壁が、黒刀を防いだ。

その時、ユウトが望んだのはただ『防ぐ』ことだけで、具体的な魔法の内容は想像(イメージ)していなかった。


魔法とは精霊に起こしてもらうもの。

術者は起こしてほしい魔法を詠唱(ことば)想像(イメージ)によって伝え、魔力という対価を払い、精霊がそれを再現する。

しかし詠唱が短い場合や、想像が稚拙だと、精霊が独断で魔法を再現する。


その結果、想像した魔法とはまったく別の魔法が出来上がることも多々ある。

威力は落ち、望んだ魔法(もの)とは違う形状の魔法が構築され、状況に対応できないことだって。

しかし、逆に想像を遥かに上回る威力の魔法が構築される場合もある。

特に多いのは──ユウトのような魔力量が圧倒的に多く、魔法適性が高い者。


ユウトが想像したのは『防ぐ』ことだけ。曖昧すぎる想像から生まれた魔法は、ただの『防御』の域を超えていた。


反発。反転。あるいは、“拒絶”。

構築された見えない壁に触れた瞬間、黒刀はバラバラに砕け散った。

突如として得物が砕け、何が起きたのかわからず黒装束は呆気にとられる。すなわち油断。


その隙をユウトは見逃さなかった。

眼前に展開された魔法(かべ)を、黒装束に押し付ける。


「ふっとべ」


強烈な力が、黒装束に押しかかった。

ただ触れただけの壁が、猛スピードでぶつかってきた かのように錯覚する。

意識が遠のいた。同時に、地面も遠のいてゆく。


黒装束は、高速で空中を飛んでいき、みるみる小さくなっていった。

やがて一つの点となり、やがて見えなくなる。ギャグ漫画のようなご退場だ。

「…………ふぅ」

黒装束が見えなくなったところでユウトは息を吐く。

そして、拳を握り締めると──

「よっしゃ」

──小さな勝鬨(かちどき)を上げた。


それはユウトの初めての勝利だった。偶然だったが、確かに勝ったのだ。

仲間に頼らず、誰の助言も得ず、一人で戦い、勝った。



紛れもない、ユウト“個人”の初勝利だ。



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