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74話 予想


クレナの能力(魔素暴発)を封じるのは、理論的には難しくない。魔力が魔素とぶつかり合い、暴発する前にクレナの放った魔力を相殺してしまえばいいのだ。

だが、それはクレナほどの操作能力を持っていなければできないことだ。

まず それほどの魔力を持っている者が存在するのか、それすらわからない。

今、この世界にクレナの魔力を『相殺』できるも者はいないと言っていい。

ならば、考えるのは別の攻略法(アプローチ)

そこで出てきたのは魔法界隈に置いても最も一般的(オーソドックス)な────『妨害(ジャミング)』という方法。


どんな魔法も術式も『成立』させなければいいだけの話。それが魔素暴発にも適用できるはずだ、と。



そこで今回、抜擢されたのが彼だ。

名を、クリンカ・マーレイ。


マーレイ族はしばしば、『最悪の一族』として語られる。

その一族は人間と外見がさほど変わらないにも関わらず、長命で一族全員が屈強な肉体と高い身体能力を持ち、なにより魔力の流れが魔族と似ているという理由で迫害の対象となってきた。

それ故に魔族側に寝返る者が後を絶たず、それが更に一族への差別を加速させた。


そして、悲劇は起こる。


『マーレイ族の大虐殺事件』


マーレイ族の被害者は数十人ほど。死傷者のほとんどが争いとは関係のない一般市民だった。

惨劇の原因となったのは、マーレイ族の少女が周辺の農村に住んでいた男性数名に強姦された後、殺害される事件。

高い身体能力を持つマーレイ族といえど、年端も行かぬ少女では数人の男に太刀打ちできなかった。


当時は、男達は酒に酔っていた とか 誘ったのは少女の方だった、など噂は絶えなかったが今ではその詳細を知る者はいない。


どちらにしろ、その事件は起きてしまった。

怒り狂った少女の父親が、農村の住人を強姦した男達も含めて皆殺しにした。

この事件は周辺の村々に瞬く間に広がり、マーレイ族への恐怖をより一層深めた人々が、マーレイ族の根絶を望んだ。村人は農具を武器の代わりに持ち、立ち上がった。


そして返り討ちにあった。高い身体能力を持ったマーレイ族には敵わなかったのだ。

だが、悲劇はそこで終わらない。村が一つ滅ぶと、今度は周辺の村に住んでいる人達が恐れた。

マーレイ族は危険だ、と。


そこからは血で血を洗う争いが始まる。

最初となんら変わらない。マーレイ族が殺され、殺した者達が復讐される。この流れが何度も繰り返された。

だが流れた大量の血のほとんどが、マーレイ族以外の者の血だった。

マーレイ族を殺そうとした者も、それに反対した者も関係なく殺された。村は滅ぼされた。

もちろん、マーレイ族にも被害者はいる。

敵と戦う上で避けられない犠牲が生まれる。

それがマーレイ族をさらに怒らせる。


そちらが先に始めた戦争(こと)だ。

なぜ人間(おまえ)たちが怒れる?

なぜ人間(おまえ)たちが恐れる?


一度ついた(戦意)は止まらず、拡がり続けた。

隣村に住む者は、一つ、また一つと村が滅びていくことに恐怖した。


やがて王国の騎士団が駆け付けた頃に残っていたのは、一面に広がる血、大量の死体、死体(それら)(ついば)(カラス)の群れ、マーレイ族への憎悪、マーレイ族の人間へ対する憎悪。




こうしてマーレイ一族は完全に魔族側に付くことになった。

クリンカ・マーレイは一族(そのなか)でも異端児として育てられた。

命を奪うことに躊躇いがなく、何をやってもつまらなそうにしている少年として。

少年でありながら、戦闘に異様なほど興味を示す生まれつきの異常者として。


「僕は気づいたんだ。僕は殺し合いがしたいんだ」

クリンカは圧縮した魔力を指先から放った。

鋭い矢のように飛んだクリンカの魔力が、クレナの放った魔力に穴を開ける。

こうすればクレナの魔力は魔素暴発を起こせない。

どんなに魔力で魔素を圧迫しても穴があればそこから魔素が漏れ出し、魔素暴発の理論は成立しない。

ほんの少しの妨害(ジャミング)で、その他全てを不成立にする。魔法使いにとって基本中の基本だ。

「昔っから何をやってもつまんなかった。その中で一つだけ、すごく楽しいって思える事があったんだ」

クリンカはあどけない顔に凶悪な笑顔を浮かべながら滔々(とうとう)と語る。

「殺し合いだよ。誰かと戦ってる時。命のやり取りをしてる時。死闘が、死闘だけが、僕を楽しませてくれた。だから僕は強者との戦いを望むんだ!」

「強者との戦い、ね……」

誰かが似たようなことをしていた。望んでいた。

しかし、その誰かては似ても似つかない。この少年は純粋に殺し合いを楽しんでいる。

誰かは、戦いの『先』を見ていた。

戦って、どうしたいのかを。なぜ、戦いたいのか。


この少年には、戦うための理由がないようだ。ただそうしたい、戦いたいだけなのだ。

「子供だからって容赦はしないわよ」

「はぁ? 僕、一応五十歳なんですけどぉ」

クリンカは不服そうに言った。

今、この瞬間にもクレナとクリンカの応酬は続いている。

クレナの暴力じみた魔力と、クリンカの弾丸のような魔力がぶつかる。

「あら、まだまだ子供じゃない」

クリンカが放った魔力の弾丸をクレナの魔力が素通りさせ、直接クリンカに襲いかかった。

魔力が物質に干渉できる力は弱いが、その物質が魔力を伴うものであれば十分な効果を発揮する。


「──私、二千歳よ」


膨大な魔力の奔流に押し流されてクリンカが地面を転がる。

先程から、両者一歩も動かぬ魔力のぶつけ合いが行われていたが、ここにきてようやくクレナがクリンカを動かした。


すかさず追撃に出る。

クリンカが転んで出来た隙に、クレナは魔素暴発を起こした。己を押し、推進力を得る。

「それと、これから起こるのは殺し合いじゃなくて一方的な戦いよ」

まだ転がって勢いがついたままのクリンカを真横から宙に浮くぐらい腹を蹴り上げる。

「フぐッ!?」

鳩尾(みぞおち)につま先がめり込み、クリンカが呻いた。

見事、急所に入ったが警戒を解かず、さらなる追撃を仕掛ける。

クレナは魔力を両腕に込める。同時に自分の背後に魔力を放っていた。

背後で起きる魔素暴発。それは魔力を込めて限界まで強化されたクレナの腕に爆発的な力と速さを与えた。


ボンッ、と一発。

クレナの腕がクリンカに顔面に打ち込まれる。超高速の一撃だったが、マーレイ族の頑強さを持ち合わせているが故に歯の一本も折れない。

しかし、そこに二発目、三発目と同じ力と速度をもった拳で殴られたら、如何(いか)に屈強な肉体を持つクリンカでも耐えられなかった。

クリンカの口の中からコロリと歯が数本こぼれ落ちた。


本来ならクレナの追撃は一発目の打ち込みで終わっているはずだった。

強力な攻撃をくらえば、当然 物理法則に従ってその攻撃の方向に吹き飛ぶはずだ。クリンカもクレナに一発殴られたら時点でクレナの腕と同じ向きにふっ飛んでなければおかしい。

だがクリンカは何発も殴られ続けている。クリンカが、空中で停止しているからだ。

クレナの魔素暴発によって、クリンカは空中に固定されてしまった。

こうなるともはや、クレナにとって(まと)でしかない。


何度も、クレナの両腕が高速で前後に動く。

魔素暴発の自分の腕を押し出し、殴る。そして魔素暴発を利用して殴ったことで伸び切った腕を引っ張る。

それを左右交互に絶え間なく行うことで、相手に詠唱の時間も、魔力を操作する余裕すら与えず、殴り続けることができる。


前、殴る。

後、引く。

前、殴る、

後、引く。


何度も繰り返す。クレナの拳が痛くなるまで。

何度も打ち込む。クレナの骨にヒビが入るまで。

何度でも、殴る。敵が倒れるまで。


「ハッ、アアアァァァアァアアッッ!」

獣のような雄叫びを上げながらクレナは数秒間に渡って百発以上の拳を打ち込んだ。

ようやく“固定”から解放されたクリンカは、クレナの最後の一発で大きく宙を舞った。

「《アョウスァ(癒せ)ワヒ カジヨンド(我は傷など)イーファン(受けていない)》」

回復魔法で腕の骨を治しながらクリンカに言う。

「魔素使い、って呼ばれてるからか知らないけど、何故か皆勘違いするのよね。私が遠距離攻撃しかできないって」


今までクレナに挑んできた者の数は計り知れず、クレナも数えるのを千年ほど前に諦めている。

皆が名声を求めて、対策を考えてクレナに挑んでくる。その挑戦者の内の大半がこう考えていたのだ。


魔力さえ封じてしまえばなんとかなる、と。


その発想自体は間違っていない。

魔素使いとして名を馳せているクレナも、魔力を封じれば魔素暴発を起こせない。

しかし、それはクレナの能力の一部──魔素暴発のみを防いだに過ぎない。

魔力操作、魔法適性、身体能力、判断力、機転、知識、などのクレナ本人の基礎能力はなんら変わりはない。

そこを見誤り、今のクリンカのような形で惨敗する挑戦者が何人もいた。

「覚えておきなさい。これがクレナ・クロス──魔素使いが未だ無敗の理由よ」

クレナはそう言い捨てると背を向けた。

あれほどの攻撃をくらって立ち上がれるとは思えなかったからだ。だが、


「なぁるほど〜、わかったわかった。アンタうぜぇわ」


クリンカが、立ち上がった。

全身は血だらけ。顔は歪み、あどけない顔は見るに堪えない。

もはや亡者のような姿だ。

亡者のような姿で、されどもしっかりと物に手を付かず、両足で立ち上がっている。

「よく立ち上がれるわね」

こればかりはクレナも驚きを隠せない。

「せっかく頑丈な身体に生まれたんだから、殺し合いは長く楽しみたいじゃん?」

「そんなに楽しみたいなら──」

クレナは一瞬でクリンカの背後に移動した。もはや転移とも思える高速移動を、クリンカは認識できない。

一切の躊躇なく、腕を振り下ろす。

「──地獄でやりなさい」

魔素暴発を利用した高速の移動と攻撃。認識すらできない攻撃を防げる者がいるのだろうか。

少なくとも、ここに一人。

「あー、うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ」

背後でクレナが繰り出した拳を、振り向きもせずにクリンカは受け止めた。

その程度でクレナは動揺しない。すかさず次の行動に移る。

掴まれた腕を逆に掴み返し逃げられないように固定する。そのまま右膝を先程も打ち込んだ鳩尾に入れる。

「───くッ!?」

が、明らかにダメージが大きいのはクレナのほう。

クリンカの鳩尾に入れた右膝が負傷し、出血していた。

「結構な業物でしょ? ここに来る前に鍛冶屋からくすねてきたんだ」

「………手癖が悪いわね」

短剣(ナイフ)の先端についたクレナの血液をクリンカは袖で拭き取る。

「随分と用意がいいのね」

「僕は『予想』が得意だからね。特にアンタみたいな力を持ったヤツは予想がしやすい」


その一言にクレナは強く反応した。

聞き逃すわけにはいかない。“それ”はクレナがならないように努力してきたものだ。


能力(ちから)に頼り過ぎだよ。動きが読みやすい」


胸が締め付けられる。

決してそうなるわけにはいかなかった。

弟を苦しめた(ちから)で、溺れたくなかった。


だというのに、驕っていた。

ロルビスが嫌い、ロルビスを貶めた、同郷の『力を誇示する輩』になりたくなかった。

弟を貶めた技(こんなもの)を、笠に着たくなかった。


もちろんロルビスはそんなこと気にしないだろう。

クレナにはクレナの戦い方がある、と言って むしろの力を活用した戦い方を考えるだろう。

それでも、嫌だった。

無意識だとしても、なりたくなかった。


「……私の動きは、読みやすかったのね……………」

「うん、わかりやすかったよ!」

「………………そう」

目の前からクレナが消える。

魔素暴発ではなく、身体強化のみを利用した高速移動。

クリンカは冷静に、クレナの動きを予想する。


次の攻撃は、クレナは魔素暴発を使う。

身体強化だけでクリンカの前から消えたのは欺くため。

近距離で、クリンカも、クレナ自身も、認識ができない速度で、己の身体が壊れるほど強力な一撃を放つつもりだ。

そして、攻撃が来るのは右──と見せかけて左。

そう予想したクリンカは左の、クレナの攻撃が来るであろう軌道にあらかじめ短剣(ナイフ)を置いておく。


予想は間違いではなかった。

クレナは、クリンカの右に現れるとすぐに消えて左に再び現れる。

しかし、一つ予想が外れた。

クリンカの予想では、クレナは右腕を使うと踏んでいた。


予想外の出来事は、クレナの右腕がありえない方向に曲がっていたこと。それだけだった。

「──がッ!?」

クレナの拳がクリンカの顔面に叩き込まれる。

攻撃の軌道上にあった短剣(ナイフ)自分(クレナ)の二の腕に突き刺し、筋肉をしめて緩んだクリンカの手から奪い取る。

二の腕に刺さった短剣を引き抜くとクレナはすぐに回復魔法を詠唱した。


それが、一瞬の内に起きたこと。クリンカはそれを見ていても理解ができなかった。

「アンタ、何を……」

「予想されてるんでしょう? なら予想できない動きをしなくちゃ」

骨を脱臼させて腕の距離(リーチ)を伸ばし、関節以外の骨は骨折させて軌道をずらす。

脱臼は回復魔法では直せないので、魔素暴発を利用して手を使わずにはめる。

クレナがやったのは、たったそれだけ。


ロルビスもこんな無茶な戦い方をしてるのだろうか。

それとも、この程度じゃまだまだ甘いと笑われるだろうか。

わからない。わからないが、この方法なら、(クリンカ)を倒せる。


「アンタ、最ッ高にイカれてるじゃん」


そこからは一方的な戦いだった。

クリンカがどんな予想をしても、クレナがその予想を上回ってくる。

脱臼と骨折を利用した攻撃など、どう予想しろというのか。


「《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》《アョウスァ(癒せ)》」


響くのはクリンカが殴られ蹴られる音と、クレナの詠唱と、クレナの骨が脱臼と骨折を繰り返す音。

何度も攻撃をくらっているのはクリンカだが、クレナも確かな傷を負っていく。その度に治る。

傷を負い、治すのを繰り返す。それはつまり激痛が続くということだった。

それでもクレナは止まらない。

目にも止まらぬ猛攻の中で、クリンカはふと思う。


(これ、楽しい)


死を感じている。

このまま何もしなければ死ぬ。

反撃をしなければ。反撃しなければ、それはただの一方的な虐殺だ。なんも楽しくない。

せめて、一矢報いなければ。


朦朧とする意識の中、クリンカは最後の一撃を放つため、また『予想』を始める。

意識は朦朧としているが、予想は驚くほどスムーズだった。


『さっきはこっちだった。なら次はこっち』


直感にも近い予想だった。だが不思議と確信出来た。次はこの軌道だと。

そして、予想は当たる。


クリンカの予想した軌道に、クレナの腕が乗った。

腕だけが。

魔素暴発によって強引に切断した腕を、これまた魔素暴発によってクレナが飛ばしているのだ。


クレナの腕は、防御のために構えていたクリンカの両腕を()(くぐ)り、鳩尾に打ち込まれた。

クリンカはそのまま物理法則に従い後方にぶっ飛び、壁に叩きつけられた。

そこでクリンカの意識は途切れる。


最後の最後で、クレナが使ったのは魔素暴発。弟を貶めた技術(ちから)だった。

クレナは切断した腕を回復魔法でくっつける。




戦いが終わった時、クレナは晴れやかな表情だった。

今の自分は、さっきまでの自分と違うと、心の底からそう思えるから。


力をただの力として使わない。

ロルビスのように、工夫して、応用して、相手も予想できないくらい強くなれる。

そんな自信があった。




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