7話 食事
あれから、一時間後。
太陽が沈み、空が暗くなる頃にメイドが三人、護衛の兵士を五人連れてやって来た。
「お迎えに上がりました、ロルビス・クロス様」
メイド達は手慣れた動作で一礼し、兵士もぎこちなく一礼する。
何故か、メイドは全員美人だった。
「旦那様の邸宅まで少し離れていますので馬車を用意してあります」
メイドの一人が馬車の扉を開ける。
貴族のような待遇に、ロルビスは戸惑いを隠せない。服装がさっきと同じ変な格好なので申し訳無い気持ちすら湧いてくる。
ガチガチの硬い動きで馬車に入り、メイド達も中に入ると馬車は動き始めた。護衛の兵士達は馬に乗って後ろからついて来る。
「わざわざお迎えに来て頂き、ありがとうございます」
「旦那様の命です。逆らう訳には行きません」
「あのー、それじゃあ……」
「はい?」
「これも旦那の命ですか?」
メイド達はどういう訳か、二人がロルビスの両隣に密着するように、というか腕を組むように座り、一人がロルビスの正面で男を魅惑して止まない天使の如き笑顔でロルビスに受け答えしている。
「これも旦那様の命です。ロルビス様は大事なお客様だから、充分に『おもてなし』しろと」
「そ、そうですか……」
これはおもてなしということでいいのだろうか。
「あの、お嫌でしたらこんなことはしなくても…」
「全然イヤじゃありませんよ?」
右隣のメイドが答える。
「そうですそうです、嫌ならこんなことしません」
左隣のメイドが答える。
「そ、そうですか……」
そう言われてはロルビスは何も言えない。
美人に挟まれて二十分ほど馬車に揺られていると、目の前に立派な豪邸が現れた。
さすが辺境伯と言ったところか。真っ白な豪邸とそれを囲む塀が夜の闇から浮き上がっているように見える。
「大きいですね」
「ええ、旦那様は見栄えを大事にする方ですから」
豪邸の中は予想以上に豪華だった。
白い壁は飾られた絵画を際立たせ、磨かれた床は輝いてすら見える。天井のシャンデリアが太陽の変わりの如く眩く光っている。
「ようこそいらっしゃいましたァ!」
そこで、豚男が来た。豚男は両手を広げて、歓迎の意を示しながらノタノタと階段を降りてくる。
豚男は昼間に村で見た服よりさらに豪華で装飾の施されたモノを着ていた。今はあの甘ったるい香水の香りではなく、爽やかなフローラルの香りがした。
「この度はお招き頂き、ありがとうございます」
ロルビスは丁寧に頭を下げる。
何故、自分がこの場に招待されているのか、豚男の目的は他にあるのかもしれない。ここは穏便に行った方がいいだろう。
「さあさあ! 食事の用意が出来ていますよォ!」
その後も豚男と通過儀礼じみた挨拶を交わすと、豚男がそう切り出した。
ロルビスが案内されたのは真ん中に巨大な長方形のテーブルが置かれた一室だった。
テーブルには様々な料理とあの村から買い入れたと思われるワインが置かれていた。
ロルビスは促されるまま席につく。
テーブルに置かれている料理はステーキや唐揚げ、フライドチキンと油がふんだんに使われた料理ばっかで野菜類がまったく置いてない。
だからあれほど太ってるのかとロルビスは納得する。
「シェフが腕によりをかけて作ったものです。いかがですかなァ?」
もっと野菜を増やした方がいいと思います。
「このワインはあの村で作られたモノですよォ。あそこは小汚いですが、ワインの味はそれはもう絶品で」
小汚いと思ってるなら飲むなよ。
思わずツッコミたくなるのを必死に堪える。料理を口に運ぶ度、ロルビスの不快感が増していく。
「ところで」
「はい?」
「どうしてあなたはここまで私などにに尽くしてくれるのでしょうか」
料理の感想などとても言えないので別の話題を持ち出す。
「ああ、そのことですか、ポークシュバイン家の初代がエルフに大恩がある人でしてねェ。エルフの方が来たら、こうして盛大にもてなすのが家訓なんですよォ」
「なるほど」
そういえばそんな名前だったな。
ロルビスは豚男の名前すらロクに覚えていなかった。
「ポークシュバイン殿は家督を継いで長いんですか?」
「ええ、あれは十年前ですかねェ。父から家督を継いでもうこんなに経ってるなんて」
エルフのロルビスにとって十年はさほど長くない。とりあえず曖昧に頷いておく。
「私が家督を継いで、この地を継いだ時、国王が私に話しかけてくれたのですよォ。『お前のことは信頼してる』ってねェ」
ポークシュバインが聞いてもいない事を語り始めた。
「へぇ、国王自ら?」
「ええ、ガリュートル国王自ら、私を信頼してると!」
無駄に自らを強調している。ただの言葉がそんなにも嬉しいのか。
その後も延々と過去の話を聞かせれた。
具体的には自分の存在がどれほど重要だとか、あの時は自分が居なければ打開出来なかったとかそういった話を、延々と。
それにロルビスはなるほどとか、すごいですねとか、適当な相槌を打つ。
ポークシュバインの話が終わる頃にはテーブルの上の食事はほとんど片付いていた。
その大半が、目の前に居る男の腹に収まっている。
「アレを持ってきなさい」
食事も終わり、食休憩に入った所でポークシュバインがメイドに命じて何かを持ってこさせた。
それは甘い香りのする紅茶だった。覗き込めば、糖蜜色の水面がロルビスの顔を写し出した。
「これは?」
「ポークシュバイン家の秘蔵の紅茶ですよ。ささ、どうぞ遠慮なく」
では遠慮なく、とロルビスは紅茶を飲む。
「おおっ」
「お気に召しましたか?」
「ええ、とても美味しいです」
それは良かった、と言いながらポークシュバインはメイドに自分の分も持ってこさせる。
「これは商品にすれば高く売れるんじゃないですか?」
「そういう訳にはいかないのですよォ、ポークシュバイン家の秘蔵の紅茶を飲めるのはポークシュバイン家の血を引く者と大切な客人だけと決まってるんです」
「そんなものを俺に飲ませてよかったのですか?」
「もちろんですともォ、貴方様は私の大切なお客人ですからねェ」
ポークシュバインはニッコニコと笑顔を向けてくる。
一見、人が良さそうに見えるがロルビスには目の奥に獲物を狙う肉食獣のような光があるように感じてならない。
「時にオルビス殿、今日の宿もあの村ですかなァ?」
「宿?」
「ええ、あの村の小汚い宿屋なんかより、整ったベッドで寝たくありませんかァ?」
ロルビスは答えずに何が言いたいんだ? という目を向ける。
それをポークシュバインは肯定と受け取ったのか手をパンッパンッ、と二回鳴らした。
すると、その音に呼応するかのように部屋の両開きの扉が開かれた。
次の瞬間、ロルビスは目を剥いた。
「ぜひとも、私の屋敷にお泊まりください。お望みであれば、好きな女を付けさせますよォ」
扉を開けて入って来たのは、美しい女性達だった。
中には少女と言っても過言ではない者も居るというのに、全員が布の面積が小さい服を着て、ほぼ半裸の状態でその艶めかしい肉体を晒している。
だが、ロルビスの視線は、豊満な二つの膨らみにも、腰の美しいくびれにも向けられることはなかった。
ロルビスが見ているのは、女性達の首に着けられた、無骨な首輪。
紛れもない『奴隷』としての証。
「ポークシュバイン殿、彼女達は……!」
「私の奴隷ですよォ、どうです? 誰かお気に召しましたら一晩お好きなように──」
「すみませんが、これで失礼します」
ロルビスは強引に話を切って立ち上がった。
「では、是非ともこの紅茶の茶葉をお持ち帰りください」
「……………ありがとうございます」
そのまま振り返ることなく、部屋から出ていった。
失礼な振る舞いであるが、ロルビスは気にするほどの余裕がなかった。
□ □ □ □ □
「おやおやァ、機嫌を損ねてしまいましたかァ」
ニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべるポークシュバイン。
「くくっ」
これであの男も俺の下につくだろう。
ポークシュバインは窓から街道を歩くロルビスを見下ろしながら小さく笑い声を漏らした。笑い声に合わせて頬の贅肉が小刻みにプルプルと揺れる。
あの男はエルフだ。魔法が使えるのなら、強力な手札だ。たとえ使えなくても奴隷として高く売れるだろう。
もう『アレ』を飲んでしまったんだから、あとは時間の問題だ。
そう考えるだけで笑いが止まらなくなる。
腹もいっぱい。食事にはもう飽きたので席を立つ。
すかさずメイド達が食器を片付け始める。
ロルビスが食べきれなかったフライドチキン、ポークシュバインが結局一口も飲まなかった紅茶、まだ二〜三個残っている唐揚げ。
両手に三枚ずつ持って器用にテキパキと運ぶ。
「さてと、今日は6番にしましょうかァ」
そう命じると後ろで並んでいた少女達の中から「6」と書かれた首輪をつけた少女が出てきた。
ポークシュバインはジロジロと体を見ると少女の肩に手を置いた。
「今日もたっぷり可愛がって上げますよォ」
手を乗せられた少女の身体がビクッと怯えたように小さく揺れる。
少女はそのまま、隣の寝室に連れて行かれた。
一方、選ばれなかった少女達は自分が選ばれなかった事に安堵した。
だが、そのうち自分も選ばれるだろう。そして壊される。
いずれ耐えきれなくなり、廃人になるかもしれない。
何度も逃げる事は考えた。だが、奴隷の首輪がある限り逃げられない。奴隷の首輪には主人の意思で激痛が走る仕組みになっている。
それも承知の上で逃げ出した少女もいるが、その少女の末路は言うまでもない。
痛み、苦しみ、それらすべてが恐怖となって少女達の体を包み込む。
それを振り払うように頭を振り、そして耳を塞いだ。
隣の部屋から漏れる悲鳴が聞こえないように。
内容はイマイチかもしれませんがここはなんとなく書きたかった所です。どうか評価お願いします。