71話 天才
『ベン・レファー』と名乗る男がロルビス達の前に現れたのと同時刻。
ユウトとクレナは、空に浮いていた。
「あれが『巨竜型機動要塞』ね」
「………いや、ゴ○ラじゃん」
ユウトの反応は異世界人ならではだった。
もしかしたらキング・コ○グもいるかもしれない。
しかし、姿形はかけ離れていた。足は四本あるし、尻尾の先端が花のように開き、大地に接続されている。
メカではあるが、ゴ○ラではない。遠くから見れば似ているだけで、別物なのは一目瞭然だった。
上空 約500メートル。東京スカイツリーに行った時に見た景色よりも多少は地上が近い。
どちらにしろ“一般的”な人間が落ちたら即死する高さだが、ユウトは重力魔法と運動量魔法で超高度を飛び回った経験があるのさほど怖くはなかった。
機動要塞もかなりの大きさだが、この高さなら小さく見える。
「よし、それじゃやるかぁ」
ユウトがクレナとこうして上空にいるのは、あの機動要塞を文字通り倒すためだ。
つい先刻。
ユウトはユーミラ、ヘルヴィアと共にロルビスの元に集まった。途中で合流したクレナとセルレーナも合わさって、ユウト達の集団だけ総戦力がとんでもないことになっていた。
これほどの戦力を一人の王が手に入れたら、自国の戦力も合わせて世界征服を考えるだろう。
その中で自分が最高峰の火力を誇っていることにユウトはイマイチ実感がない。
「ユウトと姉さんは、前後から挟み込んでアレを倒して下さい」
スッ、とロルビスが巨大な影を指差す。
ロルビスが指示を出すのは、単純にこの中で最も『戦闘経験』が多いのはロルビスだからだ。
千年以上を森の中で暮らし、森の魔物を相手に常に気を張り続け、研ぎ澄まされた感覚が、ここで役に立つ。
たかが森の魔物との戦闘経験が果たしてあの未知数の敵に通用するのか、それはやってみないとわからない。
だが千年という数は大きい。
それだけ長く生きているぶん人間のユウト達よりも人生経験においては上だ。
そこに更に常に戦闘の勘を磨き続けた者とそうでない者の“差”が入る。
魔素使いでもなく、精霊使いでもなく、最弱者が指示を出すのは必然であり当然でだった。
それでもクレナはロルビスの意見に待ったをかける。
「ロル、私はどちらかといえば敵兵力の殲滅の方が向いていると思うんだけど」
悔いのないように、心残りがないように、死なないように、大切な家族を失わないように、気になる点は全て潰しておく。
「うん、でもアレを“引っ張って”倒す事が出来るのはこの中で姉さんだけなんだ。だからあの魔法人形の軍勢はそれまでセナに頼む」
「わかりました、兄さん」
セルレーナは迷いがない。兄を信じているのだろう。
クレナは信じたいが、かつて信じた結果 ロルビスは重傷を負って帰ってきた記憶がある。忘れもしない、つい最近の出来事。
しかし、今回は状況が違う。
ロルビスには、仲間がいる。
「分かったわ。任せて」
クレナは、大切な弟の仲間を信じてみることにした。
□ □ □ □ □
「さあ、やるわよ。私」
己に喝を入れる。
『クレナさん、準備できました?』
頭の中にユウトの声が響いた。
「精神感応だっけ? 便利ね、この魔法」
『でも正直浮遊と同時発動はキツイっす』
機動要塞の正面。
ユウトは空中に浮遊しながら反対側にいるクレナにメッセージを送る。
「そっちも配置つけました?」
『ええ、いつでもいいわよ。合図は任せるわ』
「ありゃーたーっす」
『…………貴方って時々不思議な言葉を話すわよね』
「え? あ、そう……ですかね?」
そういえばユウトが異世界人ということはロルビスしか知らない。ユウト本人も、別に言わなくてもいいと思っている。
なので誤魔化す必要はないが、今は説明をする暇がないので適当に返そうとした時──
キイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……
──機動要塞の口が開き、紫色の光が集束し始めた。
「やっば……… クレナさん、3つ数えたら撃ちます!」
『了解』
ユウトは聖剣を構え、魔力を込める。
「3」
想像するのは、風。
「2」
強く、大きく、押し出す。
「1」
壊す必要はない。ただ仰向けに倒すだけでいい。
「0!」
ユウトは限界まで溜め、爆発寸前にまで膨らんだ風を放った。
真っ直ぐ、正面に、指向性を持った突風が機動要塞を正面から襲った。
それと同時に、機動要塞の背後で凄まじい魔力の衝突が起こった。
ユウトはクレナの能力を念動力と教わった。
それは詳細に説明する時間がなかったのと、ロルビスが説明を面倒臭がったからだ。
クレナもユウトが知っていると思って詳しくは言わなかったし、その説明は当たらずとも遠からず。
結果として念動力と判断できるが『過程』が違うのだ。
魔素は全ての魔力の元であり、空気中の至る所にある。
生物の体内に吸収された魔素は心臓を起点として少しづつ ゆっくり魔力に変換されていく。
しかし人間はせっかち なもので魔力変換の効率をもっと上げられないかと考えた。
その方法の一つとして、魔素を魔力で包み込んで周囲の魔力を同化させる研究が進められた。
そして魔素の魔力同化実験は失敗に終わる。
魔力で包み込まれ、強引に魔力へ変換されそうになった魔素が爆発し、研究所が吹き飛んだからだ。
より正確には魔素と魔力が弾け、強力な力場が発生した。
その中心にあった研究所は当然 跡形もなく消し飛び、研究は凍結となった。
何もかもを利用したがる貪欲種族の人間でさえも危険だと判断した。一度の失敗が、全ての消失に繋がる可能性があるからだ。
生き残った僅かな研究者も投げ出し、その後は誰も研究しなくなった。
この話はよくエルフなどの長寿種族の間で今も笑いの種にされている。
しかしクレナがそれを利用し、可能にしてしまった。
魔素を強引に魔力へ変換しようとした時に発生する強力な力場。これを調整して自在に操れるようになったら、どうなるのだろうか。
この事を話した友人も、大人も、自分も不可能だと言った。
集団や魔導具などの補助があるならともかく、一人でやるなど無理な話だ。
例えるなら、それは手の平に水を溜め、両手で圧縮して深海の水圧を再現しようとするようなものだ。
まずそんな水圧は再現できないし、できたとしても必ずどこかから漏れ出す。
机上の空論。砂上の楼閣。絵に描いた餅──のはずだった。
クレナが挑戦し、それを成してしまうまでは。
クレナには才能があった。緻密な魔力。深海の水圧を再現できるくらいの操作能力。
発生した力場が『押す』以外にも『引く』ことができるとわかり、重い物を軽々と持ち上げられるようになった。
力を調整して、軽い物を傷付けないように運べるようにもなった。
果てには力を利用して自分自身を持ち上げ、空を飛べるようになった。
それはまさに『天才』だった。
今思えばそんな自分の挑戦と才能のせいで、弟は一層惨めな思いをしてきたのだろう。
こんな姉のせいで、無能だ、最弱だ、と罵られ、馬鹿にされてきたのだろう。
クレナが、大切な家族守るために磨いた力が、大切な弟を苦しめていた。
本来なら避けたり、忌避してもおかしくなかった。
なのに何故、あんなにも慕ってくれるのだろう。
自分は加害者だ。
自分は天才として生まれてきてしまった。
自分は弟の理不尽な比較対象になってしまった。
自分は、弟を貶めてしまっている。
それでも、ロルビスは自分を嫌ってこない。
いつまで経っても変わらない、可愛い大切な弟なのだ。
そんな弟が自分を頼ってくれたのだ。なら──
「──期待には、答えないとね」
正面からは強大な風が、押し出す。
背面からは強大な力が、引っ張る。
機動要塞の脚部が堪らず悲鳴を上げる。
バキバキと、遠くからでもわかるくらい軋んでいる。
やがて限界が来る。脚部が大破し、自重を支えられなくなった機動要塞は大きく傾いた。
そして、そのまま仰向けに倒れた。
周囲の木々を薙ぎ倒すほどの風圧と、隣国まで響きそうな轟音が発生した。
そして次の瞬間、機動要塞の口部に集束していた紫色の閃光が放たれた。
真上に打ち上げられた紫閃は途中で幾本にも拡散し、上空で爆発した。
いつしか、ロルビスが空に光の華を咲かせた時のように紫色の光が爆散し、王都を照らす。
フェンバリック王都の空に、紫閃の華が咲いた。




