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69話 紫閃


アウロラは地に膝をついた。

誰かが言わずとも、審判でなくてもわかる、紛れもない敗者の(すがた)

それを見たロルビスは無言で空中の魔法陣を消した。

勝者(ロルビス)敗者(アウロラ)、ふたりとも何も話さぬまま試合は実況者によって締められようとした。


『……しょ、勝者は、ガリュート──』


「ちょーッと待てーーーい!!!」


しかし、嗄れた声が遮る。

「まだアウロラは『降参』しとらん! 膝をついただけで勝敗はついとらんぞぉー!」

アウロラの祖父、カワード・エーオースが喉をカラカラにしながら走ってきた。

実況席にいた時は声しかわからなかったが、見た目は白髪猫背の(しわ)が深い老人だった。


戦場(フィールド)に飛び出ると真っ直ぐアウロラの元に向かう。

「おい、何をしとる! さっさと立て、そして戦え!」

カワードはアウロラの両肩に手を置いて揺さぶるが、アウロラは力なく首を降った。


自分を無数の魔法陣が囲んだ時、アウロラは悟ってしまった。


対処出来ない、と。


ロルビス(あのエルフ)の実力は、文字通り千年以上の時間を費やして辿り着ける境地なのだと。

短命(にんげん)であるアウロラに、千年もの時間を堪え得る寿命、精神、執着がない。


それが わかった瞬間、アウロラの自尊心(プライド)が打ち砕かれた。

さんざんコケにした奴に、自分よりはるか格下だと思っていた相手に負ける。

実力差は感じないのに、届く気がしない。

近くにいるようで遠くにいる。

つまりアウロラはロルビスに勝てない。

その事実が、アウロラの心を折ってしまった。


「聞いとるのか! さっさとあの男をぶちのめせ!」

それでもカワードはアウロラをなんとか奮い立たせようとした。

しかし、反応は薄い。そんなアウロラに苛ついたのか、カワードは右手を上げる。

直後、振り下ろそうとしていたカワードの右手をロルビスが掴んだ。

「彼女はあなたの娘でしょう」

「娘ではない、孫だ!」

「……どちらにせよ、あなたの家族でしょう。手を上げては──」

「黙れッ! 関係無いヤツが口出しするな!!」

カワードは唾を撒き散らしながら、他にも色々とロルビスに向かって叫んだ。

それら全てを遮って、ロルビスは言葉を発する。



「──家族は、大事にしましょう?」



『殺気を向ける』という行為の定義を、ロルビスは知らない。

相手を殺すという『気』を向ける事なのか。そもそも『気』とは何なのか。ただ相手を睨めばいいのか。脅せばいいのか。

なにが正解かはわからない。


ロルビスがしたことは、相手を殺す瞬間を想像(イメージ)する。

ただ、それだけ。


空いている右手で腰の魔剣(アヴウェノシア)引き抜き、カワードの首をはねる。

ロルビスが想像したのは、そんな光景。

カワードが首から血が噴水のように溢れ出し、物言わぬ肉塊へと成り果てる姿。

ロルビスの瞳の奥にあるその殺意(景色)見たカワードは、呑み込まれた。完全に萎縮してしまっていた。

これが本当に魔法学校の校長なのだろうか。

アウロラには実力があった。だがこの老人にはあるのだろうか。

この老人からは、気概を感じない。確かな実力があるならロルビスの手を跳ね除け、睨み返すくらいできるだろうに。こうして掴んでいる手首も小枝のように細く、簡単に握りつぶせそうだ。

大方、人の弱みに漬け込むなどの不正をして得た地位なのだろう。実力が伴っていない。


「わ───」



───ゴッッッ!!!



次の瞬間の出来事を、ロルビスはすぐに理解できなかった。

何か言葉を発しようとしたカワードが、紫色の閃光にかき消された。後ろで呆然としていたアウロラも、カワードの手首を掴んでいたロルビスの指も、背景も、観客席も、何もかも。

ロルビスの視界は紫閃で埋め尽くされた。


紫閃が消えると、王都の町並みが見えた。

それはあまりにもおかしな光景だった。本来なら周囲を闘技場(コロシアム)の巨大な壁が覆い、王都は見えないはずだが。


ロルビスは左を見た。

そちらには町並みと、地面に深い溝があった。

まるで、溶岩(マグマ)がそこに流れていたかのような。


ロルビスは右を見た。

こちらにも変わらず、町並みと溝が。

しかしその先に異様なモノが構えていた。遠目からでわからないが、巨大な『影』がずっしりと仁王立ちしている。

影の足元では、ギラギラと光る何かが蠢いていた。


現状、理解できることは二つ。

王都はあの黒く巨大な『影』に襲撃を受けている。

そして『影』は、王都をあの紫閃によって両断した。

冒険者や民間人、教師も生徒も関係なく。被害者側の数が計り知れないほどに。


そこまで理解してロルビスは自分の左手に目を落とした。

左手の親指を残して、それ以外の指の第二関節から先が全て無くなっていた。

血は出ていない。断面が焼かれている。いや、むしろそれは『溶けて固まっている』と表現したほうが近かった。


今確認できることをすべて認識・理解した上でロルビスは冷静に行動を開始した。

まず、生徒と観客に呼びかけて半分になった闘技場(コロシアム)から避難させる。教師陣にはその避難誘導を。

闘技場(コロシアム)にいない一般市民や騎士団も異変に気づいて行動を始めているだろう。


一瞬で人が何人も死んだことで生徒、観客達は皆パニックに陥り、我先にと逃げ出した。

ロルビスはパニック状態の人混みの中を探す。


どこかに、いるはず。

死ぬ訳ない。死ぬはずがない。自分の仲間と家族達を。

見渡し、見回し、探し続ける。生きていると信じて。

そして──


「ロルビス!」

「ロル殿!」

「ロルビスさん!」

「ロルッ!」

「兄さん!!!」


──見つけた。

人混みをかき分けて来るユウト。その後ろにユーミラ、ヘルヴィアが続き、さらに後ろから(クレナ)(セルレーナ)

「皆、無事でしたか。よかっ──」


(『よかった』?)


ロルビスの脳内に不吉な(ノイズ)が。


(どうして『よかった』?)


響き渡るのは、冷徹な眼をした自分の声。

冷静で、現状を見極めた自身の声。

ぬるま湯につかった自分自身(ロルビス)に、冷水を浴びせて呼び起こす己の声。

今まで目を背けて、耳を塞いできた、冷酷な部分の本音(ロルビス)



(なぜ『よかった』と感じた?)


生きていたから。仲間と家族が。


(そうだ、生きていた。ユウト、ユーミラ、ヘルヴィアが)


ああ、“大切な”仲間達が。


(大切で、自分を犠牲にしてでも守りたいモノが)


そうでもしなきゃ守れない。弱者の俺には。


(増えている)


増えている?


(『大切』で、『守りたいモノ』が、増えている)


………………………


(気づいてるんだろう? 仲間を見て安心した自分に。家族しか『大切』だと感じられなかったのに、ユウトを、ユーミラを、ヘルヴィアを見て、無事を知って、安堵したんだろう?)


…………俺は……。


(おまえ)は力がないのを自覚している。だから無意識に『大切なモノ』を絞り、それだけは何を捨てても守ろうと決意した。だが『大切なモノ』が増えた。こぼれ落ちるぞ、(おまえ)の手の平から)


……違う、それは俺の決意じゃない。


(いいや違わない。(おまえ)はあの夜──魔王軍の幹部(オルガス)を倒した日に決意した。何かを犠牲にしてでも強さを求め続けることを)


そうだ、ただ それだけを……


(『それだけ』じゃない。(おまえ)はあの時、無意識に別の誓いも立てていた)


そんなものは──


(ある。(おまえ)はあの瞬間、こう誓った。何かを犠牲にしてでも、大切なモノを守ると)


そんなもの、心当たりはない。


(なくて当然。だからこその無意識下の出来事なんだ。そして(おまえ)は無意識を意識する機会に巡り合わなかった)



もう、気づいてしまった。

思考は止められない。次々と、『最悪の事態』を想定してしまう。


「ロルビス?」

「───ッあ、ユウト……」

自分の顔を覗き込むユウトに気づき、思考が途切れる。

「大丈夫か?」

「あ、え、はい、作戦を練っていただけです」

「…………ならいいけど」

ユウトは少し心配そうにしながらも引き下がってくれた。


と、その時、ロルビスの左手の指がなくなっていることに気づいたセルレーナが気絶しかけていることに気づいたクレナが支えていることに気づいたロルビスはユウトに指の治療を頼む。

「ユウト、この指直してください」

「わかっ──いや無くなってるやん!」

動転するユウトだが、ロルビスは至って冷静。

「大丈夫ですよ、ユウトなら直せます。俺の指が再生するところを想像(イメージ)するだけでいいんですから」

「ええ……まあ、やってみるけど」

「あ、一応この溶けた断面は切り落としておきますね」

「いやいやちょっと待て!」

さらりととんでもない事を言ったロルビスをユウトが静止する。腰の魔剣(アヴウェノシア)をチラチラ見ているのはロルビスが魔剣で指を切り落とさないように、抜こうとしたらすぐ押さえるためだろう。


「仕方無いでしょう。この断面を見るに、魔法的な何かの効果が付与されているかもしれませんし、切り落とすべきです」

「だからってお前、そんな簡単に……」

「簡単じゃありませんよ、俺もさすがに怖い。でも空間魔法を使えば刃物で切り落とす必要はないのでそこまで気は重くありません」

「え?」

言うや否やロルビスは虚空に魔法陣を描いた。

空間魔法が発動し、ロルビスの指の溶けて固まった断面を数ミリ単位で空間ごと切り裂いた。

切り落とした円状の肉片が地面を硬貨(コイン)のように転がった。


(自分を犠牲にすることに恐怖はあっても、躊躇はない。他人でも同じことをする)


「………るさい」

「ん? なんか、言ったか。ロルビス」

「……………いえ、なんでも。それより早く直してください。めちゃくちゃ痛いです」

ユウトに指を直してらいながら、ロルビスは頭の中で作戦を練る。何かを紛らわすかのように。




『最悪の事態』

それは誰かが死ぬことではない。

もし誰かが死にそうな時、誰かを犠牲にしなければ助けられない時、自分が犠牲になるだけでは足りない時、自分は誰を犠牲にするのだろう。


赤の他人かもしれない。そうじゃないかもしれない。

もし、誰かを犠牲にしなければならない時。その犠牲はこの中にいる誰かがなるのなら、自分は誰を選ぶのだろう。


ロルビスは、そんな思考に蓋をした。



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