57話 性格
魔法は使用者の顔が見えると言われている。
使い方、構築する魔法の過程、込める魔力、魔力の質。
あらゆる要素から、その使用者の性格が知れるのである。
中でもロルビスはわかりやすい。あんなにも危険で、繊細で、見事な魔法を、クレナは知らない。
ああゆうのを──
「──戦闘狂って言うのかしら」
呟く言葉は、隣にいる妹にも届かないほど小さく、弱く。
いつからあんなふうになってしまったのだろう。
ロルビスは自分が弱いことを自覚している。
それでも厄介事に首を突っ込むのは、ロルビスが強者との戦闘を、その過程で得られる『経験』を無意識のうちに欲しているからだろう。
ああ、本当に、いつからこうなってしまったのだろう。
そんな事を続けていれば、ロルビスはいずれ死ぬ。
死因は相手、もしくは危険な魔法操作を誤って──つまり自分自身に殺される。
どちらにせよ、そこに違いはない。
クレナは悩む。
ロルビスの手足を切り落としてでも、戦えない体にするべきか。いや、それでもロルビスは止まらない。貪欲に強さを求め続ける。
だから、ロルビスが止まる時は、死ぬ時だ。
クレナはまさに今も強者との戦いに身を投じているロルビスを見ながら、思考を続けた。
□ □ □ □ □
「どうゆうカラクリかしら〜」
ロルビスの動きは、素早い。酔ってなどいない。
だが、どこか ぎこちなさ も感じる。
ロルビスが自慢げに解説してくれることを期待しながらアウロラは質問を投げかける。
「……………………………」
しかし、返答はない。
力の誇示はしないようだ。やはり自分の実力を理解しているぶん、やりづらい。
今も一定の距離を保ちつつ、魔法と魔剣を駆使してアウロラを牽制しながら機を伺っている。
空間転移魔法は扱いが難しい。
何故なら転移する前と後の場所を指定しなければならない。それに加えて魔法に込める魔力は多すぎても少なすぎてもいけない。
多すぎると転移魔法の効果が底上げされて、周囲のものを巻き込んでしまう可能性があるからだ。
例えば転移させる物が置いてある地面や床だったり、周囲の空気だったり、その物に接触している何かだったり。
転移させたくない物まで転移させてしまう。
その『巻き込み』が転移させたくない物を全部させるならいいが、指定した座標から出てた場合、指定してない場所にあったものはその場に取り残される。
もし、ロルビスが自分自身を転移させようとして、ロルビスの身体に誰かが触れていたら、その触れている部分以外を残して転移してしまうのである。
逆に少なすぎた場合、そもそも魔法が発動しない可能性もあるが、発動しても本来 転移するはずだったものが転移できなくなる。
物を転移させようとした時、どこかしらが転移せずにその場に残るのである。
もしこれが生物で行われると──想像もしたくないような事が起こる可能性がある。
転移魔法は利便性がある一方、同時に危険性を孕んでいる。
その危険性すらもロルビスは利用した。
ロルビスの使う魔法陣は、ロルビスの魔法適性の低さと強引な手法ゆえに大幅な制限を強いられる。
ロルビスは威力と射程を大幅に下げることで負担を小さくしている。逆に、威力と射程を制限することで発動速度を上げている。
つまり魔法陣は、己の身体にかかる負担を指定できるのだ。
ロルビスは転移魔法を使う際、込める魔力を少なくし、身体の一部を残すことを制限とした。
そう、体内にある酩酊状態を起こしている原因成分をその場に残して転移したのだ。
これにより、まだ酔った時の余韻がまだあるが、酩酊状態から回復できた。僅かだが魔力消費も抑えられた。
一歩間違えれば、内蔵が丸ごとなくなってもおかしくなかった。それほどまでに危険な賭け。
これがロルビスの性格──魔法の『使い方』なのだ。
もちろん、そのことをアウロラに教える気はない。
もし空間魔法のことが知られたら警戒されるだろう。
自ら手の内を明かすような事は魔法使いにとって愚行以外の何でもないのだ。
だが、それで有利になった訳ではない。
ただこっちの不利がなくなっただけだ。
現にロルビスがいくら魔法を放とうとアウロラは的確に見分け、適切に躱している。
魔剣で物理攻撃を仕掛けても身体強化で躱し、氷結魔法で魔剣の変形を封じてくる。
(…………攻めきれない)
膠着状態が続く中、ロルビスを思考を加速させる。
魔力放出で急接近するか?
身体強化で対処される可能性がある。
なら運動量魔法を重ねれば?
いや、相手が反応できない速度になるとロルビスも反応できない。
「────!」
そこで、気づく。
自分がかなりアウロラに近づいていることに。
「あはぁ〜、気づかれた」
その瞬間、放たれる一際速い火球。
ロルビスは足裏から魔力を放出。間一髪、横っ飛びで攻撃を回避した。
ゴロゴロと地面を転がると、頭上から声が かかる。
「あなた、連射速度には自信があったでしょ〜? だから何度も躱され続けてたら、近づいちゃったんじゃな〜い?」
ロルビスは心の中で舌打ちする。
どうやら魔法を常に躱すことでロルビスに『もう少しで当たる』と思わせた。
そのせいでロルビスは無意識のうちに、少しずつアウロラに近づいてしまったようだ。
ペースを乱された。
ロルビスは自分に風魔法を当てることで身体を押し上げ、空中で一回転し強引に着地。
直後、つい先程までロルビスの頭があった場所をアウロラの足が踏み抜いた。
「殺す気ですか」
「そうだけど〜?」
なんともまあ、綺麗な笑顔で答えてくれる。
「──まあそれは俺も同じですけど!」
少し歩けば手が届く間合い。ロルビスは右手の魔剣に魔力を送り、そして魔法陣を空中に描く。
「それはもう見切った〜」
が、ロルビスの攻撃に対し、アウロラはここに来て初めて回避以外の行動を取った。
一歩、前に踏み込んだ。
迫る魔剣の剣身をアウロラは持っていた杖で軌道をずらす。変形した剣身はアウロラの美しい顔を横切った。
そして、魔法陣に杖を持っていない方の手を突っ込んだ。アウロラの手によって魔法陣が乱され、不発。
魔法陣は物理的に妨害することも可能だ。空中に描かれる光の字や陣を乱してやればよいのだから。
だが、もし失敗していたらアウロラの手は吹っ飛んでいたかもしれない。理屈でわかっていてもそう簡単にはできない行動だ。
回避行動を取ると思っていたロルビスはその行動に意表を突かれる。
「──ぐっ!?」
その瞬間、腹に衝撃が走る。アウロラの体勢から、腹を蹴られたことに気づく。
「あなたの事ねぇ〜、調べさせてもらったわ」
痛みで集中力がやや鈍る。アウロラの言葉など気にせず、ロルビスは腹を蹴られた反動を利用して後方に下がりながら魔法陣を描く。
それに対し、アウロラは回避を選択した。
「もちろん、魔法陣のことも〜」
回避のために後ろに下がってていたアウロラは、突如止まった。放たれた魔法が立ち止まったアウロラに迫る。
だが、アウロラに直撃する寸前、魔法が消えた。
「三十メートル。それがあなたが最も使っている魔法の射程距離〜。威力が低く、射程が短いぶん発動速度が桁違いに速〜い」
アウロラがペラペラと喋る。
魔法陣の事が知られている。だが、これはわかっていたことだ。詠唱と違い、魔法陣は『目で見る』ことができる。
初見なら見分けは難しいだろうが、よく観察し、調べているいるならロルビスは手札を見せながら戦ってくれているようなものだ。
当然、対抗策としてロルビスは魔法陣を改変する。
射程を伸ばし、発動速度を下げる──と見せかけて発動速度を下げ、魔法自体の速度を上げる。
いつもより少し遅く魔法が構築される。そこにややもどかしさを感じつつ、魔法が完成した。
ロルビスは前へ出ると同時に、構築した風刃を発射。
発動速度を遅くしたぶん、魔法の進行速度はいつもより速かった。
素早く、アウロラに到達しようとする。
「発動速度が遅くなったから、事前に察知して読みやすくなった〜」
しかし、それも躱される。そしてその事もロルビスは予測している。
ロルビスはアウロラの回避先に魔法陣を、十個。
十個それぞれが、違う距離、違う射程、違う威力、違う速度、違う魔法。
それらが全てアウロラに殺到する。
だが、
「カマサハ ワヒマメリアネイトカガ」
アウロラを中心に構築される炎の壁。それが迫りくる魔法を全て、相殺してしまった。
「そしてこれが最大の弱点!! どんなに調整しようと、どんな数打とうと、私のたった一発の魔法にも敵わな〜い」
ロルビスを嘲笑うアウロラ。
もはやロルビスに打てる手立ては無いとでも言うように。
正しくその通り。アウロラの魔法に対し、ロルビスの魔法は灯に集る羽虫のようなものだった。
ヒソヒソと会場の観客が話し始める。もはやロルビスの敗色濃厚だと。
それが伝播し、大勢の観客達が喋り始めた
ザワザワと。ザワザワと。うるさくもない、静かでもない状況が生み出される。
「どうする〜? まだやる〜? 勝ち目はない。みっともない姿を晒す前に降参し──」
「──確かに、俺の魔法陣には弱点が多い」
静かな喧騒を断ち切るように、ロルビスは言葉を発する。
「よく調べていますね、俺の魔法陣の弱点。あなたが言った通りだ」
ロルビスは理解している。自分の才能の無さを。
だから今までは魔法陣に工夫を凝らしてきた。
「魔法陣には弱点がある。ですが、利点も多い」
そして、これからロルビスが使うのは、工夫を凝らさない使い方だ。




