56話 正面
「ちょっとロル、どうしたの!? 毒を盛られたの!?」
「うん、なんで普通に『体調を崩した』って発想が出てこないのかな」
同じ発想をするあたり、さすがは姉妹と言うべきか。
セルレーナに支えられて会場へと戻ってきたロルビスはゆっくりと椅子に座る。
その顔色は誰が見ても悪いとしか言いようがなく、それを見たクレナは大慌て。ロルビスはクレナの思想が危険な方向へ走らない内に宥める。
「ロル、本当に大丈夫なの?」
ロルビスの足元に屈み、顔を見上げてくるクレナ。顔の平静を保ちながら軽く答える。
「ダイジョブダイジョブ、死なない死なない」
それを言うの人は大抵 ダイジョブじゃないが、実際ロルビスはただ酔ってるだけなので大丈夫だ。
だが、普段はキリッとした姉が心配してとても不安そうにロルビスを見てくるという貴重な光景にロルビスは『もう少し辛そうな演技をしてもいいかもしれない』などと思っていまう。
ややゲスいことを考えてしまうのはきっと酔いのせいだろう。そうに違いない。
「解毒魔法は試したの?」
「もう使いました。でも肝臓に残ったアセドアルデヒドは分解できませんでした」
ロルビスに付き添っていたセルレーナがそう説明する。
解毒魔法とは魔法によって肝臓を強化して有害物質の分解を早める魔法だ。
セルレーナはロルビスに解毒魔法をかけることによってアルコール分解を促したが、アルコールを分解した時に出るアセドアルデヒドまでもは分解できなかった。
簡単に言えば、これ以上の肝臓の強化は肝臓に負担が掛かるのだ。
他にも方法がない訳でもないが、ここで『賭け』に出るのは正直避けたい。
「まだ、時間はあるか……?」
ロルビスの試合の時間にはまだある。そしておそらく、それまでに酔いは醒めない。
「絶望的状況だな」
ロルビスは半ば諦めながら呟いた。
「そんなこと言わないで。えっと……試合を遅らせるとか、まだ何か方法が──」
「──あるよ」
クレナは呆気にとられ、そのせいで半開けになっていた口を慌てて閉じた。クールビューティーなクレナが、一瞬だがアホ面を晒していたことに心の中で笑いつつ、ロルビスはその方法を静かに伝えた。
「ホントにそんなことができるの?」
「危険過ぎます! そんなの兄さんが死ぬかもしれないじゃないですか!」
二人の反応は概ね予想通り。特にセルレーナが反対する。
「ただの試合のために兄さんが死ぬ必要はありません。棄権しましょう」
「俺もそうしたい。でも───」
ロルビスは確かな『決意』と『覚悟』を持って、応える。
「俺の技は、ああゆう奴に吠え面かかせるために習得したんだ」
そう、あのアウロラ・エーオースに。自分を見下してくる奴を見返すために。
強さを求め、手に入れた技術を。今、使わずしていつ使う。
「……ぶっ飛ばしてやるよ、クソビ○チが!」
「兄さんが汚い言葉を!?」
ロルビスの横でセルレーナが悲鳴を上げた。
□ □ □ □ □
午後。教師の部。
午前に行った『生徒の部』が生徒達による成果発表の場なら、『教師の部』は教師達による来年の生徒へ向けたアピールの場だ。
教師達にも気合いが入るのは言うまでもない。
試合はガリュートルが優勢。しかし、それは過程の話。
結果はフェンバリック王国側がギリギリで逆転して勝つ、もしくはガリュートル王国側の選手が失敗をして負ける、といった事が起きるようになった。
『ガリュートル王国側の勝利』という結果と報告にはフェンバリック王国の偉い人達は辟易してるのだろう。
だからといって不正行為は良くない。ほとんどの試合結果に疑問の声が上がるが明確な証拠がなかった。
試合は次々と進み、あっという間にロルビスの出番が来る。
『さあさあさあさあ! 午後の「教師の部」も いよいよ中盤戦。次の試合はガリュートル王国からは新任のイケメン教師、ロルビス・クロス! フェンバリック王国からはセクシーすぎる美魔女教師、アウロラ・エーオース! 美男と美女による戦いだァァーーーーー!!』
実況者の叫び声が控え室まで届く。
選手控え室で待機していたロルビスはちょうど装備の最終チェックを終えたところだ。
魔法耐性のある肌着、その上にシャツ、さらにその上に鎖帷子を着用。そして群青色のコートを羽織る。
腰に刺した魔剣
変に普段はつけてない装備を過剰に着るよりは、極力 いつも通りの格好の方がいいと踏んでの格好だ。
もちろん、全てが同じという訳ではない。
靴は足裏からの魔力放出をしやすいように魔力が通りやすい素材でできているし、革手袋も同様に魔剣に魔力を送りやすくなっている。
「さて、と」
ロルビスは控え室から出て、闘技場の中心にある舞台へと足を向けた。
ビリビリと響く歓声を足裏の感じながら通路を進み、太陽の下に姿を表す。
建物によって遮られていた光がロルビスの網膜を刺激した。
「良い天気ね〜」
雲一つない快晴の空を見上げていると、前方から声がかかる。間の抜けていて、でも透き通るような声。だが今はその綺麗な声に不快感しか覚えない。
「醜態を晒す日としてはもったいないくらいだわ〜」
初めて会った時と同じ赤紫色のドレス。右手には魔石が埋め込まれた杖。
杖以外は変わった物は持っていない。しかし、油断はできない。少なくとも、あの派手なドレスになんの小細工がない、なんてことは ほぼありえない。
「それにしてもあなた、随分不格好な魔剣ぶら下げてるのね〜」
返事をしないロルビスに苛立ちを感じたのか。アウロラはロルビスへの煽りをやめない。
「魔剣って〜、魔法を使えない人が魔法使いに対抗するために造ったものよね〜? それって暗に自分は魔法適性がない事を示してるんじゃな〜い?」
「全くもってその通りですが、なにか?」
間髪入れず肯定する。
「…………………否定しないのね〜」
「まずは自分の弱さを認める。そこから始まるんですよ。弱者の、強者への道のりは」
「…………………………」
アウロラは押し黙る。
何も言わずに佇むアウロラが何を考えているかはわからない。ただ一つ、わかることがあるとすれば──
「───本ッッッ当に気に入らないわ」
──苛立ちが、憤怒に変わったくらいだろう。
「ああんもう、ホンットに腹ただしい。弱いくせに、実力がないくせに、粋がっちゃってさぁ~。気に入らないわ〜腹立つわ〜」
これがアウロラの本音であり、本性だろう。
もはや隠す気もなくなったのか、グダグダと己の本音を述べる。
「ようやく本音が聞けましたね。そっちのほうがお似合いですよ? 貴女の性根がわかりやすく出ている」
「粋がるな。今までは相手に恵まれていただけ。所詮、あなたは井の中の蛙だって事を教えてあげるわ〜」
そう言ってアウロラは杖を構えた。ロルビスも腰から魔剣を抜く。
「なら俺も教えてあげましょうか。弱い奴はよく吠えるんですよ」
その一言でアウロラの憤怒が怒髪天へと達した。
もう言葉はいらない。
アウロラは実力で、ロルビスは技量と経験を持って、相手をねじ伏せるのみ。
と、思っていたが試合が始まらない。
疑問に思ってロルビスは実況席へ目を向ける。
「実況の方、もう試合始めていいですよ」
『え、え? いいんすか? なんかめっちゃ剣呑な雰囲気なんすけど、始めちゃっていいんすか?』
「ええ、どうぞ」
『え、あ、じゃあ、し、試合開始?』
今までの試合とは打って変わって、物静かなスタートだった。
開幕速攻。
アウロラは短節詠唱ではなく、単語詠唱にて攻撃した。
「《クライ レア》」
形成される風の刃が、ロルビス目掛けて殺到する。
もちろん、それで終わらない。
アウロラは風刃がロルビスに直撃するよりも早く次の詠唱に移る。
「《エァラニカ、マカーカレン》」
今度は刃でも、槌でもない。ただの突風だった。
しかし、それは風の刃よりも速く、砂埃を巻き上げながらロルビスの周囲に到達する。
アウロラが生み出した突風はロルビスを直接攻撃することはなく、ロルビスの周囲をぐるぐると回転する。
その回転する突風は風の通り道となり、風の刃を誘導した。
『風刃旋回』
風魔法と風魔法を融合させた応用技だ。派手な故に見映えはよく、『技名』が定着してしまった魔法だ。
教科書に載っている魔法だが、風刃が旋回に溶けてしまい、失敗しやすい。
開幕速攻で、しかも短い詠唱で扱いの難しい技を成功させるとは、やはり腐っても魔法の教師だ。
しかし、
「その技は、基本的に相手の動きを止め、確実に当てられる時に使う技です」
ロルビスは、アウロラの背後から話しかける。同時に右手に持った魔剣を振り抜く。
アウロラは魔力を巡らせて身体強化。斬撃を躱し、素早くロルビスから距離を取った。
「さっきの一撃、もし俺が何らかの理由で満足に動けない状態だったら避けられなかった」
そう、それこそ、ロルビスが酔っていたら避けられなかった。
だがロルビスほ酔っていないし、アウロラの詠唱は速かったが、ロルビスの身体強化した速度には及ばない。
「……………………」
「不思議ですね。貴女はまるで、俺が『動けない』という前提で攻撃してきたかのようだ」
「………“弱い奴はよく吠える”んだったんじゃないかしら」
「相手を煽って集中力を欠かせるのは弱者でも強者でもやることですよ?」
再びアウロラは沈黙する。だがそれは数秒。
すぐに切り替えた。
「どうやったは知らないけど、それなら正面から叩き潰すだけよ〜」
「そうですか。では、ぶつかり合いましょう」
両者は互いに、得物を構え直した。
受験シーズン




