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55話 酩酊



『これにて、午前の部は終了でーす! 午後の部は昼休憩を挟んで1時半から行われまーす』


ようやっと、午前が終わった。

ロルビスは司会の放送を聞いて気を緩めた。試合中は生徒が心配で終始 気を張りっぱなしだった。

自分が試合に出ていないのに凄い疲労感だ。


試合の勝敗は今のところガリュートルが優勢。このまま何事も無ければ勝てる。そう、何事も無ければ。

「ま、そんなわけないよねー」

この流れからして、そろそろ何か仕掛けて来る頃か。と、見せかけて何もしてこないか。

『何かが来るかもしれない』というだけで十分にプレッシャーを与えられる。精神的な疲労が蓄積されて、いざ本番、という時に限って致命的な失敗(ミス)をしてしまうかもしれない。

こちらが不正行為できない事をいいことに、向こうは好き勝手やってくるかもしれない。


かもしれない。かもしれない。

どれも可能性の話ばかり。明確な証拠もなく、妨害もない。

いっそのこと暗殺者でも仕向けてくれればいいものを。そうすれば妨害の妨害ができるのに。

考え事をしていると、きゅう、と腹の虫が鳴った。

「くそ、腹減った」

ロルビスは立ち上がる。

「セナ、王都を見て回ろう」

「空腹になるあたり兄さんも随分 図太いですよね」

そう言いつつも、隣に座っていたセルレーナは勢い立ち上がってロルビスの腕に抱き着いた。

もちろんセルレーナもこの対校試合の裏にどんな思惑があるのかを知っている。

それでも、セルレーナは聖女だ。『中立』を強いられる存在。

ロルビスは今回、この試合に限っては精霊使い(セルレーナ)に頼ることは出来ない。

「………………………………」

「どうしました? 兄さん」

「いや、なんでもない」

思ったより肩入れしているかもしれない。

ロルビスは二の腕に抱き着いている妹を見ながらそう思う。

セルレーナは、バリバリ味方(こっち)側だ。


二人はさながら恋人のように王都へ繰り出した。



  □ □ □ □ □



王都に出たはいいものの、どこへ行けばいいのだろう。

ロルビスはフェンバリック王国に詳しい訳ではないし、ましてや王都にある店を知っているはずもない。

闘技場(コロシアム)を出て十秒でロルビスの足は止まった。

「なあ、セナ。どっか行きたい所あるか?」

「私は兄さんとならどこでも」

その気持ちは嬉しいが今はとにかく目的地を決めたい。時間もそこまであるわけじゃない。

「じゃあ、あそこでどうだ?」

ロルビスが指したのは道端でやっている屋台だ。串に焼いた肉を刺している。

それを見ていた通行人は皆一様に「マジかよコイツ!?」という顔をした。


セルレーナは美少女だ。誰が見てもそう思うだろう。

そんな美少女を連れてまさかこんな小さな屋台に行くとは思わなかったようだ。


失望と羨望が混じった視線を受けながらロルビスは屋台の店主(オヤジ)に肉の串焼きを二本頼んだ。

見た感じ、これと言って変哲のない普通の肉だ。

「一応訊きますが、これ、何の肉ですか?」

「牛の(タン)だよ」

「ふむ……」


一口、(かじ)る。


「…………………………………………………………ぅお」

美味い。噛みごたえがあって、ジューシーで、ほんのり甘みがあって──

「兄さん!? 大丈夫ですか!?」

「ほえ?」

気付くと、ロルビスはふらりとセルレーナに寄りかかっていた。

身体に力が入りにくい。頭がボーッとする。視界が歪む。

「あなた、まさかこの肉に毒を……!」

「ま、待て待て! 待ってくれ!!」

毒を盛られたと思ったセルレーナが屋台のオヤジを睨む。一方で、屋台のオヤジは慌てて否定した。

「毒なんか盛ってねぇよ! 言い掛かりはやめてくれ。こっちはマトモに商売してんだ!!」

「じゃあ、どうして兄さんがこんなふうになってるんですか!?」

「わからねぇって! ホントに毒は盛ってねぇんだ!」

「そうですか、これ以上しらばっくれるというのなら──」



ぶわり、と空気が変わった。



セルレーナを中心に魔力が渦巻き、際限なく高まっていく。

大気が揺れる。

大地が震える。

希薄で、微弱で、認識することも叶わなかった圧倒的な格の違いを持つ存在が、その場に二つ現れる。


セルレーナの魔力を得て顕現した、その存在の名は──



「──せ、精霊……」



屋台の店主が呆然と呟いた。道を行く人々の全員がこちらを見ている。中には平伏している者さえいる。


空気が重く、乾燥したように感じる。

それは『水の精霊』が顕現し、大気中にある水分や中央広場の噴水へ続く地下水、果ては道行く人が持っていた飲料物までもを支配下に置いたからだろう。


大地が揺れている。

それは勘違いなどではない。『土の精霊』が顕現したことによって大地が共鳴しているのだろう。

今、セルレーナがその気になれば地震すら起こせる。


「さあ、痛い目に遭痛くなければ──」

「……待て…………セナ」

「兄さん!?」

弱々しいロルビスの呟きが、乾燥と震動を止めた。セルレーナを止めたロルビスは顔を赤らめ、ふらふらと頼りない足取りだった。

それはまるで、酔っ払ったかのような。

店主(オヤジ)、この肉 酒を使ってますか……?」

「え? あ、ああ。作る時にワインを少しだけ」

「では、それが原因ですね」

ロルビスはそう結論付ける。

「え、お酒? 毒じゃなく?」

「大丈夫。俺は酔っ払っただけだから。毒なんて盛られてない」

「………………………………」

しばしの沈黙の後、セルレーナは酔っ払った時のように顔を真っ赤にして恥ずかしそうに頭を下げた。

「…………………………………………………………すみませんでした」






「もうっ、兄さんも酔っただけならそうと早く言ってくださいよ」

「ごめんごめん、自分が酔ってるって気付かなくて。最初は俺も毒を盛られたと思ったんだよ」

少し頬を膨らませながらロルビスの隣を歩くセルレーナ。その頬はまだ赤い。そうとう恥ずかしかったようだ。

「まあそれはいいとして、兄さんはもう大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、酒ならもう平気。酔いもだいぶ収まったし」

「そっちじゃありません」

「え?」

ロルビスは思わずセルレーナを見ようとする。が、それはセルレーナによって阻まれる。

具体的に言うと頭を掴まれて無理矢理 正面を向かされた。

「セナ……今、俺の首が『グキッ』って──」

「南西の方角。距離は約百メートル」

「………………人数は?」

「一人だけです」

尾行されている。それもかなり遠くから、慎重に。

「ようやく、か。喜ぶべきか悲しむべきか」

「悲しむべきだと思います」

動きを見せたことで尻尾を掴めるかもしれない。

なんとかして誘い出さなければ。

「というか、いつ気付いたんだ?」

「私が水の精霊さんを顕現させた時です。あの時、王都にある全ての水分が支配下に置かれようとしたんですが、その中で一人だけ魔力を放って支配に抵抗した人がいたんです」

「なるほど、対応が速かったわけだ」

「はい、そんなの私達を常に監視していないとできません」

周囲の水が支配下に置かれて感知されるのを防ごうとした結果、抵抗したのを感知されてしまったようだ。



「とりあえず、あの店に入ろう」

「はい」

ロルビスとセルレーナは大通りから少し離れた所にある店に入った。正面の道は明るく、人通りもそれなりにあるが裏手に出ればそこは路地裏。光が差しにくい場所だ。


席に着き、料理を注文する。

ここで少し時間を潰してから裏口に出る。見失ったと思わせて追跡者を誘い出す。

それがセルレーナと決めた段取りだ。

「しかしよく()けられてるって気づいたな」

「兄さんが不用心すぎるんですよ」

「いやセナが規格外すぎるんだよ」

普通は百メートルも離れた所にいる敵を察知するなんて、まず不可能だ。

さすがは精霊使い。『最強』の一人に数えられるだけのことはある。


そうして話しているうちに料理が運ばれてくる。

ロルビスが頼んだのはラム肉とキノコの料理。セルレーナが頼んだのはサラダパスタ。

「ん?」

「どうしました? 兄さん」

「このキノコ、どっかで見たことあるような…………いや、気のせいか」

ロルビスは肉とキノコを口にした。その瞬間、

「あれ?」

ガタンッ、と(テーブル)に突っ伏した。

ガタンッ、とセルレーナは椅子を倒して立ち上がる。

「兄さん!? まさか、毒が!?」

セルレーナは店員を呼んだ。

慌てて駆けつけてくる店員にセルレーナが詰め寄る。


一方でロルビスはこうなった原因を脳内で模索していた。

毒を盛られた訳ではないと確信している。なぜなら症状が先程と似ているから。

つまり『酔った』状態だ。


(どうしてだ、何が原因だ……?)


顔を赤くし、気持ち悪さと眩暈を堪えながら記憶を探っていく。

思い出すのは、さっきの違和感──いや、既視感だ。

あのキノコだ。ロルビスが食べたのは毒キノコではない。

そう、毒キノコではない。が──

「そうだ…………ヒトヨタケだ」

「はい?」

思い出すのは過去に見た、やたらと菌類に詳しい勇者が残したキノコ図鑑。

それに書いてあったのが『ヒトヨタケ』だ。


食用ともされるヒトヨタケだがアルコールの分解を阻害する成分が入っており、酒と混ざることで毒性を発揮するためアルコール摂取前後に食べると中毒症状を起こす。


アルコールの分解を阻害する成分が入っていない『ササクレヒトヨタケ』とよく似ているので間違えて入っていたか、知らずに出していたか、そもそもヒトヨタケを使う料理だったか。

いずれにせよ、こうしてロルビスは酔ってしまった。


「………まずいな。非常にまずい………………」


ロルビスはこのあと、試合が控えているのだ。

このままではまずい。なんとかして酔いを覚まさねば。


『お知らせします。もう間もなく、午後の部が開始されます。出場する選手は二十分後に──』


そして、選手を招集する放送(アナウンス)が王都全体へ流れたのはその時だった。



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