54話 偶然
試合会場。観客席から観客席へ移る通路を一人の少女が歩いていた。
その少女を見た者は皆 驚愕に、あるいはその美貌に目を剥き、一歩後ずさる。そのため自然と道ができ、少女はそこを通るしかなかった。
ジロジロと見られている。中には不躾な視線もある。だがこうして見られることに少女は慣れているので気にせず通路を進んだ。
やがてたどり着いたのは関係者用の観客席。少女は扉をなんの迷いもなく開けた。
中にいた者たちは一斉に振り向き、まず その美貌に驚き、そして学校関係者ではないことを訝しみ、最後に少女の立場を明確に認識して再び驚愕する。
注意すべきか、しないべきか。その二択がまるで重石のようにのしかかった。ただ一人を除いて。
少女は観客席を見渡し、目的の人物を探した。
居た。目的の人物は一番前かつ一番端の席に座っていた。
少女は後ろまで歩いて行くとその人物の両目を手で隠した。
「だーれだ?」
「セーナだ♪」
セルレーナが問うと、ロルビスはすぐに答えた。
ロルビスは振り向くと愛しの妹を抱き締めた。それだけならまだ仲の良い兄妹に見えたかもしれない。
だが、あろうことがロルビスは思いっきり妹の匂いを嗅いだのだ。
その場でそれを見ていた全員が引いた。
しかし、それだけで終わらなかった。
今度はセルレーナが兄の匂いを思いっきり嗅いだのだ。
「くんかくんか」
「スーハースーハー」
それを見ていた全員が匂いを嗅ぎ合う兄妹と自分の正気を疑った。
この状況で考えられるのは、自分がおかしくなったのか、あの兄妹がおかしいかだ。
セルレーナ・クロス。歴史上四人目の精霊使い。
紛争地帯や魔物、あるいは盗賊被害の多い地域を回り、得意とする回復魔法で人々を癒やすことから『聖女』と呼ばれる人物が、まさかブラコンとは誰も思うまい。
セルレーナは兄の匂いを嗅ぎながら、
「それで兄さん。戦況はどんな感じです?」
と問う。
「良くも悪くもない、って感じかな」
ロルビスの視線の先では既に第二試合が始まっていた。互いに二年生。学校で一年間学び続けた生徒。
たったの一年。されど一年。
この試合で、一年間どんな教育を受け、どんな努力をしてきたかわかる。生徒だけでなく、教師の腕もわかるのだ。
「さて、どうなることやら」
ロルビスは主に一年生を担当している。たまに他の学年も見に行くが、基本的に手出ししない。
二年生の正確な実力は把握していないため、この先どんな展開になるかはロルビスも予想がつかない。
それ以前に、ロルビスは正式な教師ではない。今のところ臨時講師という扱いだ。
いつかちゃんと教員免許を取ろう。
□ □ □ □ □
そんな観客席の出来事など露知らず、戦場で戦っている二年生のリィヴィは──
(ヤバいぃぃぃぃぃ! ヤバいヤバいヤバいぃぃぃ!)
──内心焦っていた。
対戦相手が、強すぎる。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「せめて人間の声出してぇ!」
獣のような雄叫びを上げて突進してくる対戦相手の男子生徒を躱し、スカートを翻して走った。
ただし優雅ではない。みっともなく。はしたなく。半泣きで逃げ腰だ。
対戦相手はどうやら身体強化と肉体の周囲に防護結界を張るといった防御系の魔法が得意らしい。
しかもめちゃくちゃ硬い。全身にガチガチの結界を身に纏い、攻撃手段を体当たりに絞っている。
こちらの攻撃は通じず、あちらは遠距離攻撃は出来ないが喰らえばひとたまりもないだろう攻撃手段。
しかも今回、気分屋な戦場は何の弊害物もないただの荒野に姿を変えている。地形を利用して隠れることも出来ない。
決着はどちらかの魔力切れか、リィヴィの体力が尽きるか。
(もうヤダ…… 帰りたいよ おっ母………………)
リィヴィは特徴が特にない平民出身の女子生徒だ。
魔法適性があることを知り魔法学校への入学を決め、合格した。
そして入学して知ったことだが、リィヴィの魔法適性値は平均よりもかなり高いらしい。
知った時は「え、なにげにすごいじゃん私」と思った。
しかし、出る杭は打たれるもの。
周囲からの妬み嫉みは凄かった。
貴族の身分を持つ者から、平民のくせに、と。同じ平民出身者は自分が次の標的にされないようにと傍観する。
味方はいない。校長は実力主義を謳っているが、目の届かない場所ではそういった行為が平然と行われている。
学校でリィヴィを苦しめたのは人間関係のストレス。
ストレスは思考をどんどんネガティブな方向へ変えていった。
試合中でも、ストレスが、ネガティブが、溢れてくる。
自分より前の試合は見事なものだったらしい。それがプレッシャーになって余計にリィヴィを苦しめる。
──もう、負けてもいいかな。
そう思った時にはリィヴィの足は止まっていた。
止まった時には巨体が目の前に迫っていた。
「───ガッ……ハッ!?」
物凄い衝撃。空を舞う身体。重力に引かれて落下。
硬い地面に叩きつけられるように着地。それでも意識は消えなかった。
否、保ったのだ。
「………………………………」
落下中に、ガリュートル王国の生徒が目に入った。
あいつらは──貴族の身分を傘に来たクソ野郎共は、笑っていた。
腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。
「《ヴリクセ ベクタス》」
小さな声で人知れず詠唱を開始した。
同時に魔力を身体に流し込んて強化する。
───ガンッ!!
体当たりで再び空中へ。その間も詠唱を絶やさない。
視線は、もはや対戦相手を見ていない。見ているのは観客席の貴族共。
───ゴンッ!!
三度、空中へ。
そういえば海に住んでいる鯱という生き物は獲物を同じように空中に打ち上げるらしい。
理由は子供に狩りの仕方を教える為だとかなんとか。
朧気な意識の中でそんな事を思い出す。
四度目。迫る巨体。
対戦相手の体が自分と接触する寸前、リィヴィは溜めていた魔法を放った。
地面が隆起する。
勢いに乗っていた対戦相手はその隆起を躱すことができなかった。
結果、勢いと隆起に乗った対戦相手は戦場に張られていた結界を容易く壊し、リィヴィが痛めつられていくのを見てほそく笑んでいた生徒の観客席に突っ込んだ。
轟音と悲鳴。
慌ただしくなる観客席。
思ったよりも大きな被害が出ていた。それを見てリィヴィは満足した顔で気絶した。
「兄さん、今何が起こったんですか?」
セルレーナは戸惑った様子で訊いてきた。まあ、たしかに何が起きたのかわからなくても無理はない。
ロルビスも何が起きたのけ理解するのに数秒を要した。
「たぶん、戦場のせいだ」
「戦場?」
「あの生徒がを発動した魔法、あの威力はちょっとおかしい。だからあの生徒の適性が異常なほど高いのかと思ったんだけど………あれはたぶん他に要因がある」
フェンバリック王国が誇る巨大至高魔具──気分屋な戦場。
その素材となったのは魔石。それも極小のだ。それが集まってあの戦場はできている。
「今回の試合、気分屋な戦場は『荒野』に変わっていた。だから土系統の魔法を魔石が増幅してあの威力を出した、ってところかな」
「それ、狙ってやったんでしょうか?」
「偶然、じゃないかな?」
そうロルビスは曖昧に答えた。後で直接本人に訊いてみよう。




