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6話 豚男

「よお、ロルビス。昨日の夜はどうへぶぁ!?」

「ウォルケンさん。おはようございます」

翌朝。本当に朝までドアは開かなかったのでとりあえず軽く魔力弾をウォルケンの顔面にお見舞いした。

ウォルケンは見事に仰け反るとそのまま仰向けに倒れる。

魔法をあまり知らないウォルケンには突然顔に痛みが走ったように感じているだろう。

「いってぇぇぇぇぇ!」

あまりの痛みにウォルケンが床でジタバタと転がる。

「どうしたんですか、ウォルケンさん。まるで何かをぶつけられたような声出して」

「ぐっ、うぅ… 今の絶対お前の仕業だろ」

「さぁて、なんのことでしょうか」

ロルビスはとぼける。証拠もないのでそう返されてしまってはウォルケンは黙るしかない。

少し悔しそうな顔をするウォルケンの横を通り抜けてロルビスは階段を降りる。

一階に降りると朝の畑仕事に備えて村人達が朝食を口に詰め込んでいるところだった。

「みなさん、おはようございます」

ロルビスが挨拶をすれば、

「おう、おはよう。兄ちゃん」

「なんだ、畑仕事もねぇのに早起きだな」

「二日酔いしてねぇか?」

と、挨拶を返し、気遣いもしてくれる。

やはりこの村はいい所だ、と再認識するロルビスだった。

「ところでよぉ。昨日はどうだった?」

その一言で場の雰囲気が一気に変わった。

偶然に宿の前を通りかかった村娘二人が入口から朱に染まった顔を覗かせ、男達はニヤニヤしつつも真剣な顔をするという高度な技術を見せる。

「昨日? なんのことでしょうか?」

どうやらそれで理解したようだ。村人達は露骨に溜め息をついた。

「なんだ、結局手ぇ出さなかったのか」

「はぁ… カリーナちゃんも結構本気になってたのに」

「これだから最近の男は…」

この村はロルビスを留めたいという思惑を隠すつもりがないようだ。あまりの正直さにいっそ清々しさを感じる。

あと、何度でも言うがロルビスは最近の男ではない。

「まぁ、これでアンタが誠実な男ってのも証明されたね」

そこでケナールが台所から出て来た。手に持っている盆には湯気が立ち昇るシチューとパンが乗せられている。

「おはようございます、ケナールさん」

「ああ、おはよう。さあ、朝ご飯は冷めないうちに食べるもんだよ」

ロルビスの前にシチューとパンが並べられる。

「いただきます」

パンをシチューに浸して、口に運ぶ。

「うまっ!」

思わず、素で叫んでしまった。

「これはそこら辺でも食べれるようなもんだよ? 美味いなんて… 一体どんなモノ食べてきたんだい?」

ケナールが心配そうな目で見てくる。

ロルビスは森中での生活を思い出した。

「そうですね、木の実だったり、雑草だったり、魔物だったり、たまに昆虫類も食べてました」

結構ひどいものだった。

「そ、それは食べれるものなのかい?」

「ええ、ちゃんと食用ですよ」

美味しいかどうかは別として。

「おい、そろそろ用意したほうがいいんじゃねえか?」

「ん? ああ、そうか」

突然、男達が慌ただしく席を立ち始めた。

さっきまで楽しそうにしていた男達の顔がしかめっ面に変わっていく。

「あの、何かあるんですか?」

気になってケナールに聞いてみる。

「もうすぐ辺境伯のヤツがワインを買いに来るんだよ」

「辺境伯?」

この村のワインなら、辺境伯が求めてやって来るのことも何も珍しくはないだろう。だが、それくらいで村人達の顔が渋くなる理由がわからない。

そんなロルビスの疑問を見透かしたようにケナール、いや、その場に居た村人全員が声を揃えて言った。

「「「あいつ、ウザい!」」」



  □ □ □ □ □



ガラガラと音を立てながら馬車が街道を進んでくる。

それを村人達のほぼ全員がこの場集まって待っていた。なんでも、全員で迎えろと辺境伯が命令したそうだ。

馬車の前後には兵隊が構えており、兵士全員が厳しい顔で周囲を警戒している。

やがて馬車は村人から十五メートルほど離れた所で止まると扉が開いた。

「やあやあ皆さん、今日も相変わらずの貧乏っぷりですねェ」

そこから豚、のようにでっぷりと太った男が出て来た。そして、豚男ぶたおとこは馬車から降りると突然村人達を嘲り始めた。

シミ一つない高級そうな金の刺繍が入った白い服にその巨体を窮屈そうに押し込み、そこまで暑くないのに額には脂ぎった汗が浮かんでいる。金髪が少しズレているため、カツラを被っていることが丸わかりだ。香水もつけているのか無駄に甘ったるい香りが風に乗ってここまで漂ってくる。

「ほら、さっさとワインを持ってきてください。今日も貧乏なあなた達の為に買い占めて上げますよォ」

辺境伯の豚男がブヒブヒと命令する。

確かにその見下すような、粘つくような視線はとてもイラッとくる。

豚男の横柄な態度に、ロルビスは自然と顔が歪んでいく。

それは村人達も同じ様で、今もブヒブヒ喚いてる豚男を睨みつけていた。

「うぅん? なんですかその目はァ」

と、そこで豚男が村人の視線に気づいたようだ。だが、豚男はあえて村人達の視線を無視し、自分を睨みつけていた村娘の一人を指差した。

豚男は村娘にズカズカと歩み寄るとその体を無遠慮にジロジロと眺める。

「え、あ、えと、その…」

村娘は怯えて何も言えなくなっていた。その顔を見て、豚男はニヤァ、といやらしい笑みを浮かべた。もとが不細工なだけに余計いやらしく見える。

「この私にそんな目を向けるとは、あなたには『お仕置き』が必要なようですねェ。あなた達、この娘を連れて行きなさい!」

その命令に、兵士は忠実に従った。あんな男のいったいどこに忠誠心が湧くのか。

剣をぶら下げた二人の男が出てくると村娘のほっそりした腕を両側から掴み、豚男の乗ってきた馬車に無理矢理乗せようとする。

「い、いや! 離して!」

村娘は必死に抵抗するも、日々鍛えられている兵士の腕力には敵わない。

この光景を村人達は悔しそうに見ていた。今までに何度もこんな事があり、その度に村人達は自分の無力を嘆いたのだろう。

辺境伯に逆らえば、あの傲慢な豚男のことだ、おそらく死刑にするのだろう。きっとそうやって殺された者もいる。

だから、村人達は動かない、動けない。

「すいません、ちょっと失礼します」

だが、ロルビスは動いた。

「ああ? なんだテメェは?」

手首を掴まれた兵士がロルビスを睨みつける。が、ロルビスは離さない。

「む? なんですかアナタはァ! まさか、私に逆らう気ですかァ!」

異変に気づいた豚男がロルビスに吠えるが、そちらは見向きもせずロルビスは身体強化を施した手で兵士の胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げた。

「な、お、お前!」

それを見たもう一人の兵士が剣を抜いてロルビスを斬りつけようとした。

しかし、身体強化を施したロルビスにとってあまりにも遅い一撃。

ロルビスは持ち上げていた兵士をポイッ、と投げ捨てるとふわりとそれを躱し、兵士の剣の横腹に手を当て、魔力を放った。

それだけで剣がロルビスの手を当てた所を中心にひび割れ、砕け散った。

魔力の圧縮を利用して放つ、衝撃波である。

「な!?」

兵士の目が驚愕に見開かれ、動きが一瞬止まる。その一瞬でロルビスには充分だった。

ロルビスは兵士の後ろに回り込み、うなじに手刀を落とした。

兵士は意識を失い、地面に崩れ落ちた。

「いててて」

ロルビスは衝撃の影響で痛む手をさする。

「き、貴様ァ…! 覚悟は出来てるんだろうなァ!」

豚男は丁寧な口調を使う事もやめ、ロルビスを睨む。

「おっと、これは失礼いたしました」

やっとロルビスは豚男の方を向いた。その気づいていたのにこちらを向こうとしなかったような態度が、余計に豚男の癇に触る。

豚男はロルビスに掴みかかろうとして、ロルビスの尖った耳を見る。豚男が目を剥いた。

「あ、アナタは! ハーフエルフの方でしたかァ!」

突然、豚男が礼儀正しくなった。態度の急変に、ロルビスも村人達も変な顔になっている。

「どうか無礼をお許し下さい。まさかこんな田舎にエルフの御方がいらっしゃるとはァ!」

そう言って豚男はペコペコと頭を下げる。どうやらこの豚男もエルフなどの魔法が使える種族を神聖視してるようだ。それもかなり。

「えーと、それはいいですから…」

「許してくださるのですか! いやあ、なんと慈悲深い。ありがとうございますゥ! おっと、名乗り遅れました。私、トキム・ポークシュバインと申しますゥ」

「あ、はい…」

「もし良ければこんな小汚い村より我が家へお越しください! 盛大にもてなさせますよォ!」

小汚い、と言われて後ろで村人達が額に怒りマークを浮かべる。

「あー、お誘いはありがたいんですが……」

「はい! では後ほど使者をお迎えに上がらせますゥ!」

豚男にとってロルビスが来るのは決定事項らしい。

豚男は今にもスキップしそうな勢いで馬車に引っ込んだ。もはや村娘のお仕置きのことなど忘れている。

そのまま豚男は村娘の事もワインの事も思い出さず、兵隊を引き連れて帰って行った。

「…………」

「…………」

しばしの沈黙。

「えーっと、大丈夫ですか?」

「あ、は、はぃ」

ひとまず、危機(?)は去ったので地面に座り込んでいた村娘の手を掴んで立たせる。

「あ、あの、ありがとうございました」

「いえ、それより怪我はありませんか?」

「は、はい、平気ですっ…」

村娘は顔を赤くしたまま、俯いている。

「うおおおお! カリーナちゃんにライバル出現か!」

「あのニイチャン、やっぱりタラシか!」

「このすけこまし! ジゴロ! 羨ましいぞチクショー!」

突然、男達が騒ぎ出した。が、ケナールにギロッ、と睨まれてすぐに静かになる。

「それよりどうするだい? アイツは招くって言ってたけど」

ケナールの顔には、未だあの辺境伯の豚男に対する怒りが残っていた。

ロルビスは少し考え込む。

「せっかくお招き頂いたので行こうかと思います」

「本気かい? もしかしたら、何か仕掛けて来るかもしれないよ? 今までにも何人か旅人が…」

ケナールはそこで言葉を切った。

「何かあったんですか?」

「いや、それほど大したことじゃないと思うんだけどねぇ……」

「構いません、話してください」

「村を訪れた旅人、特に魔法使いなんかがよく屋敷に招かれてねぇ。ただ、その後に全員が望んであの豚男の下についてるんだよ」

今までにもロルビスのように招かれた客いて、その全員が豚男の部下になったということか?

たしかに不自然だ。

となると、考えられる事は二つ。

弱みを握られたか。いや、そのためには『弱み』を打ち明けられるほど信頼されなければならない。あの男にそんな芸当が出来るとはとてもじゃないが思えない。

あるいは、人質を取られたか。それも考えられない。

人質を取るならわざわざどこからともなくやって来た旅人の家族構成や交友関係を調べ上げる必要がある。

いずれも、脅して自分から望んで部下になったと言わせれば可能なことだが、脅す材料を用意するのに時間がかかる。

だとすれば、方法は一つしかない。

本当に自分から部下にさせればいいのだ。

「よし、なら…… イエンさん!」

「ん? 呼んだか?」

ロルビスは魔道具屋のイエンを見つけると駆け寄った。

「実は、頼みたいモノがあるんです」


未だ感想0の悲しい現実。

評価、よろしくお願いします!

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