53話 習得
歓声は、選手の控室まで響いてきた。
ビリビリ、ビリビリ、と。
床や壁を通して伝わってくる。
だが それよりも、大きな音がある。自分の心臓だ。
歓声が鼓動にかき消されて、何も聞こえなくなる。周りが暗くなったように感じた。
マリカ=ミヤザキは無音の暗闇に唯一人、取り残されたような気分になった。
何も見えない。何も聞こえない。
これから試合だ。しかも初戦。一番手だ。
選ばれてしまった。クラスの『代表選手』に。
自分は、勝てるのか?
どれだせ背伸びしたって『一年生』は『一年生』なのだ。
自分より強い生徒はたくさんいる。
上級生。その上に教師。さらにその上に魔法騎士。
これから強くなる。つまり今は強くない。
そんな自分は、勝てるのか?
普段からあれだけ威張っているのに、負けたらどうしよう。
マリカの評価はガタ落ち。もはやマリカは教室の女王じゃなくなる。
父と母は言った。『一番』になれと。
勇者の血を引く者として、恥じない強さを持てと。
努力した。たくさんの努力をした。
クラスで威張れたのは過信からではない。確かな自信があったからだ。
それでも何かが足りない気がする。
実際、足りなかった。
ある日、突如としてやってきたエルフにあっさり負けて。
いや、あれは不意打ちだった。そう来るとわかっていれば対処出来た。
きっとそうだ。うん、だからあれは負けじゃない。その日は枕に顔を埋めて叫んだけれども。
あれ以来、不意打ちにも対処出来るように努力した。
しかし、それでも何かが足りない。心配事が増える一方。
他に準備すべきものはないか、半ば現実逃避で考え始める。
渦巻く。渦巻く。ネガティブな感情が渦巻く。
「………………」
「──わっ!」
「ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
突如、暗闇が断ち切られた。
「な、なに!? 何者!?」
「どうも、俺です」
暗闇に突っ込んできたのはロルビスだった。マリカは恨めしい目でロルビスを睨みつけた。
この時マリカは、視線で人を殺せたら、と割とガチで思った。
「………何の用?」
「生徒が緊張してないか、激励しに来ました」
だから少し砕けた口調で、軽く。接しやすくする。
嘘は言ってない。
放送室にいるはずのクレナが突如やって来て「生徒を励ましに行ってこい」と学校関係者の観客席からつまみ出されただけで嘘はついてない。
ついでに「気が利かない」と罵られた事も気にしていない。断じて。
そう、断じて。
「ふん、先生に何がわかるのよ。出場する生徒の気持ちなんて──」
「いえ、俺も出場するので多少はわかりますよ。『生徒』ではなく『先生』としてですが」
「………そうだったわね」
『教師の部』があることをすっかり忘れていた。
そうだ。一応このエルフも試合に出ることになっている。
──なのに何故緊張してないのだろう。
負けて恥をかくかもしれないのに。
時間はあっても、実力がないのに。
自分と違って、これから『強くなれない』のに。
「………先生。私は、勝てますか?」
こんなふうに弱音を吐いたのは初めてかもしれない。
先生は何と答えるだろうか。
慰めてくれるのか? 励ましてくれのか?
いや、激励しに来たと自分で言っていた。だからきっと何か励ましの言葉を──
「俺が知るわけないでしょう、そんなこと」
「………」
「うわっ、道端に落ちていた蟻に運ばれてく蛾の死骸を見る目!」
やたら具体的だが、まあそんなとこだ。虫けらを見るような目を向けた。
「てっきり励ましてくれると思ったのに……」
「貴方が勝つ可能性もあります。ですがもちろん貴方が負ける可能性もあります。根拠なき励ましに意味などありません。貴方は俺が『絶対勝てる』と言ったら俺の言葉を信じるのですか?」
「信じないわね」
「そこまでハッキリ言わなくても」
今のロルビスは面倒くさかった。
「で、私は何を信じればいいの?」
「自分自身です」
「よく聞く台詞ね。精神論、しかも誰かを励ますときの常套句じゃない。私が欲しいのはもっとちゃんとした根拠なんだけど」
「ですが、実際にそうです。戦いが始まれば信じれるのは自分。他に仲間はいない。死ぬ時は一人。それが現実です」
考え方がマリカより重かった。
でも、そうかもしれない。周りに助けてくれる味方はいない。もし死ぬとしても一人。
そう、一人なのだ。自分しかいないのだ。
なら、信じるべきは?
──自分自身。そして今までの努力。
「覚悟は決まりました?」
弱者の視点、意見、謙遜。
だからムカついてた。同時にありがたかった。
「……ふふっ」
マリカはロルビスに聞こえないほどの小さな声で笑った。
そして殴った。
「おぐふっ!? なにゆえ!?」
「若干得意げな表情がなんかウザかったから」
そう言ってマリカは立ち上がった。しっかりとした足取りで、控室を出る。
「それと…………ありがと、先生」
もう迷いは無い。
□ □ □ □ □
『フェンバリックVSガリュートル! 初戦を飾るのは彼女! あの勇者ハルト=ミヤザキの血を受け継ぐ者、マリカアァァァァァ=ミヤザキィィィィィィ!!! ガリュートル王国側はいきなり切り札候補を投入してきたぞぉッ!』
マリカは自分に対する評価を過大評価だと思いながら、入口をくぐった。
切り札候補とは随分な評価だ。
わっ、と歓声がひときわ大きくなった。
マリカは容姿が良い。華がある。加えて勇者の血筋だ。
新聞記者には良いネタになるのだろう。一斉に魔導撮影機のシャッターを切り始めた。
少し進んだ先の中心に、円形の土台がある。
その上に緑豊かな木々が生え揃っている。森林エリア、と実況者が呼んでいたか。
近くに来るとわかる。日光、匂い、気温、雰囲気、その全てが再現されていることに。
そこに一歩、マリカは踏み込んむ。
それと同時に、反対の入口から対戦相手が入ってきた。
『対するは、フェンバリック第2学校の魔道具使い。オルドォォォォォーレ・サイィィィィィクッッ!!! 圧倒的な火力 対 圧倒的な手数! 果たして勝つのはどっちだぁぁぁぁぁ!?』
オルドーレ・サイク。
魔法適性はそこまで高くない。マリカが十分に勝てる相手だ。
平民出身。これといって特筆すべきものは無し。
ただし、魔道具の扱いは人一倍注意が必要。
マリカは脳内の対戦者情報を漁り、引っ張り出した。
魔道具の扱いには注意が必要。その訳がわかった。
対戦相手、オルドーレ・サイクは全身をローブで隠し顔もフードとマスクで隠している。
事前に調べなければ男か女かもわからない。
試合では何を着るかは指定されていない。マリカのように制服で出場する生徒がほとんどだ。
なぜなら制服は特注品であり、他には無いほどの魔法耐性がある。
つまりあのローブは制服を上回るほどの性能がある。もしくはあのローブでなければ出来ないことがあるのだ。
それはすぐにわかった。
彼が戦場に踏み入った途端、着ていたローブが緑色になった。
ローブだけじゃないフードも、マスクも、ズボンも、靴も。
全身が変色した。
『迷彩効果』があの魔導衣の効果らしい。
この森林エリアなら隠れるところは嫌というほどあるだろう。
実に厄介な対戦相手だ。
『それでは第1試合、スタァァァァァァァァァト!』
開始の合図が響くと、対戦相手は太腿に手を伸ばした。
マリカからはローブで隠されて見えないが、そこにはホルスターが備え付けてあった。
素早く引き抜いたのは魔法銃。
至高魔具ではなく、量産型魔具だ。
魔法銃は開発当時、魔力さえあれば誰でも魔法を使える上に詠唱を省けると話題になった。
当初は軍への導入も考えられていたが、射線が銃身の向きから分かることと、威力・速度・距離の調整が出来ないことから不評だったため結局導入されなかった。
ロルビスが使う『魔法陣』と似た理由で使われなかった技術。
魔法陣は理解の浅さ故に使われなかったが、魔法銃は正真正銘の『使えない技術』だ。
だが、そのイメージがたった今 払拭される。
オルドーレがマリカに向けて放った魔法弾は三発。それぞれが、火炎、岩石、電気、と全て違う属性。
魔法銃の弾丸は魔法弾倉を回転させることによって変更可能になっている。
しかし、それがあまりにも速すぎる。
魔法を撃ち、魔法弾倉を回転させ、魔法弾倉を固定し、魔力を送る。
このサイクルが速すぎる。
マリカは身体強化をしての回避を余儀なくされた。
制服のスカートの裾を翻し、疾駆する。
木々を盾にして魔法を防ぐが折れてしまう。ただの木では相殺が限界のようだ。
だが、こっちも逃げてばかりではない。
相手に魔法の属性がバレないように小さく詠唱を開始した。
「ッ!?」
───カンッ
何かが飛来した。
それは、爆弾だ。
爆音がマリカの耳朶を打つ。爆炎がマリカを包み込む。
やや遅れて、観客席まで爆発音が届いた。
ドォォォォーーーーーン!!
『おぉーーーっと! ここでオルドーレ選手の魔炎爆弾がマリカ選手に直撃ぃーーーーー!』
それだけで終わらない。
オルドーレは立ち昇る土煙に向かって魔法銃を数発打ち込んだ。
『な、何ということを! オルドーレ選手、相手が女性でも容赦しない! 追い打ちをかける! そんなんじゃあモテないぞ!』
実況のやかましいコメントにも反応せず、土煙を凝視する。
やがて煙が晴れる。
そこには制服で覆えない部分の顔や手足に軽い火傷を負ったマリカが立っていた。
『おぉっと、マリカ選手、ここにきて初めての負傷だ! 挽回できるの──』
「《セスゥル、フェルトザハラン》!」
勇者ハルト=ミヤザキ。
またの名を『劫火の勇者』。
そう呼ばれた勇者の血は、しっかりと受け継がれている。
マリカを中心に、紅蓮の炎が放たれた。その炎はマリカの周囲にあった木々を焼き尽くし、戦場全体を飲み込む勢いで広がる。
短い詠唱ではありえない威力だった。
「──なっ!? ぐッ!」
オルドーレは咄嗟に魔氷爆弾を投げつけて火炎の威力を落とすが、相殺には至らない。
紅蓮の炎がオルドーレのローブを溶かし、肌を焼いた。
『マリカ選手、即座に反撃! 戦場を一面焼け野原にした上、オルドーレ選手に火傷を負わせたぁー! しかしあの威力、いくら勇者の子孫と言っても高すぎる。てことはまさか……攻撃を受けながら詠唱したのかぁぁぁーーーーー!?』
あの実況、なかなか鋭い観察眼を持っているらしい。
実況のとおり、マリカは迫り来る魔法を受けながら詠唱した。
魔法銃は威力が低い。
なら魔力で強化した肉体と魔法耐性が高い制服で受け切れると判断した。
それではマリカの玉の肌に傷がつくが、そんなもの後でいくらでも治せる。
『なんという精神力! やろうと思って出来ることではない! オルドーレ選手は果たして耐えられたのか!?
──ってアレ? オルドーレ選手がいない?』
実況が気付くと同時に、
「──っらぁぁッ!」
「な!?」
地面からオルドーレが飛び出してきた。
ローブは所々が焼き切れ、肌が露出し、露出した肌は焼け爛れている。
それでも多少の迷彩効果は残っているようで、ローブは地面の色に変色していた。
オルドーレの手には短剣が握られている。
それも魔法的な効果がかかった不意打ちに適した取り回しやすい短剣だ。
当たれば、やられる!
直感でマリカは防ぐのではなく、避ける方を選択した。
不意打ちに対応する訓練をマリカはしてきた。
簡単に、避けられる。
マリカは身体を横に倒した。
短剣の軌道からズレる。
すると、マリカの体に隠れてオルドーレからは見えなかったモノが視界に入った。
マリカが背に隠していたのは──魔法陣だった。
観客席にいたロルビスは、それを見て思わず音を立てて立ち上がった
「習得、していたのか?」
マリカは不意打ちに対応できるように訓練した。
ただ、回避だけではない。回避した後の『反撃』も視野に入れていたのだ。
それが魔法陣。詠唱を必要とせず、素早く、ある程度の威力を引き出せる魔法。
ロルビスのように高速に何個もとはいかない。
だが、一個だけなら、その一個に集中するなら、長々と詠唱する高威力の魔法よりは早く発動できるようになった。
マリカの、不断の努力によって。
飛び出したのは、人の意識を刈り取るには十分な威力をもった──風によって形成された槌。
勝負は決した。
風の槌によってオルドーレは殴られ、飛ばされ、転がり、動かなくなった。
『し、試合終了ーーーーーーー!! なんということでしょう。最後はあの魔法陣によって決められた! ガリュートル王国の生徒は未だ魔法陣を習得していないのではなかったのか!? それとも我々の情報不足か!? いやどっちでもいい! 勝者は、マリカ=ミヤザキィィィィィ!』
盛大な拍手が、会場を包み込んだ。
生徒の成長を書けました。




