46話 適応
「姉さん! なんでわざわざ俺の担当外の科目ばっか押し付けてくるの!?」
午後の職員室。ロルビスの悲痛の叫びが響く。
しかし、周囲の教員は気にしない。何故なら自分達も忙しいから。
コレが終われば次はアレ。
このところ色々と準備の必要がありすぎる一日を教員は繰り返していた。
その中でもロルビスは特に慌ただしい日々を送っている。
校長という立場と『魔素使い』という異名をその細い身体に背負ったクレナは周りにも、自分にも厳格。
そんなクレナのことだから、唯一の心を許せる家族ということもあり、ロルビスには結構頼っている。頼り過ぎている。だからロルビスは訴える。
「でもぉ、こんなこと頼めるのロルだけだしぃー」
珍しくクレナは媚びたような声を出す。
唇に指を当て、もじもじと動く。実にわざとらしかった。
「…………………………あーもー! わかったよ! どこ!?」
だが、断れないのがロルビスだ。
「一年生。教科は『魔道具の作成』」
ヒョイと教科書を手渡される。
ロルビスはそれを持つと壁に透過魔法の陣を描く。その壁に向かって走った。
───ゴォンッ!
「ッたぁぁぁぁぁ!?」
そして、頭をぶつけてひっくり返った。
「あ、ここの校舎は対魔法素材で作られてるから」
「何でそういう情報を事前に教えてくれないの!?」
「身を持って知りなさい」
「言葉で教えてよっ!」
クレナはロルビスの文句をスルーするとそのまま職員室から出ていった。
取り残されるロルビス。
「……………………」
なんとなくイラッときたロルビスは一つの魔法陣を自分の足元に展開した。
魔法陣の上で立って待つ。時間にして約数秒。それは発動した。
その瞬間、ロルビスの目に映る景色が変わった。
慌ただしい職員室から、生徒達が並ぶ教室へ。
「よし、成功──のわぁ!?」
ズタァン! と足を滑らせたロルビスは教卓を巻き込んで盛大に転んだ。
「…………ちょっと座標がズレてしまいましたか……」
ロルビスは服についた埃を払うと教卓を元の位置に戻す。
たった今、ロルビスが使ったのは『空間操作』の魔法だ。
それを利用し、最近編み出した《空間転移》を使ってみたのだが、転移先がズレてしまった。
しかも、この魔法かなり燃費が悪い。今のところロルビスの魔力量では一日に三十回程度が限界。
さらに射程距離を五十メートル程度に限定し、発動に数秒かけた上で だ。
さすがの対魔法素材も空間を越えての阻害は出来ないようだ。
とは言えこの魔法はお世辞にも使い勝手が良いとは言えない。
しかも慣れてない。
あまり使わない方がいいだろう。
「えー、それでは授業を始めます」
『え!? 今起こった事の説明ナシ!?』と生徒全員が思った。
□ □ □ □ □
「魔道具を作るのにあたり、とても重要なことがあります。それは何だかわかりますか?」
結局、さっきの出来事の説明はされないまま授業は始まった。
なので生徒達は先程の事が気になって気になってしょうがない。モヤモヤ状態だ。
そんな生徒達の心の内は露知らず、ロルビスは講義する。
「まず、魔道具とは魔力を用いて物質にいくつもの 術式 を刻み、様々な効果を表すものです」
そう言ってロルビスは魔力発光現象を利用して空中にいくつかの術式を描く。
「術式は魔法陣と似て非なるものです。例えるなら魔法陣は川。術式は貯水湖」
それが術式と魔法陣の決定的な違いだろう。
魔法陣には常に魔力が流れている。だが、魔法陣を描くのに必要とする魔力の量が少ない。
それに対し術式の魔力は流れていないが魔法陣より多くの魔力を必要とする。
「そこで先程の話題に戻ります。魔道具を作るにあたり重要なこと──それは術式の『刻み方』です」
生徒達の頭に疑問符が浮かんだ。
術式の『組み合わせ』ではなく、術式を刻む『素材』でもなく、『刻み方』。
いったいどういう意味なのか。
そこでロルビスが取り出したのは──と言ってもそれはとっくに生徒達の目にも入っており、見やすいように上に掲げただけだが──刀身部分の形を自在に変えられる千変万化の魔剣アヴウェノシアだ。
「これには複数の術式が刻まれています。実際に見て、どんな効果の術式が刻まれているのか調べてください」
そしてロルビスは魔剣を生徒に手渡した。鞘はついているので怪我をすることはないだろうが、一応すぐ側で見守る。
魔剣が全員に回り、術式をよく観たことで授業を再開。
「それではこの魔剣になんの術式が刻まれていたかわかりましたか?」
そう問いかける。
数人の生徒が手を上げたので、その中の女子生徒を指名した。
指名された女子生徒はハキハキと答えた。
「『魔素吸収』『魔力変換』『物質操作』『硬度強化』『圧縮』の主術式が五つ。その他に十七の補助術式が刻まれています」
「正解です」
完璧な解答。彼女は見事、全て答えてくれた。
彼女は良い“眼”を持っている。
「彼女の言った通り、主要術式はその五つ。そこで俺が注目してほしいのはこの『圧縮』の術式です」
そう、この圧縮の術式には誰にでも気付けるような違和感があるのだ。それは、
「他の術式と比べ、拙い……というより作りが浅い気がします」
生徒の一人が答える。まったくもってその通り。
「そう、この圧縮術式はあえて浅く刻まれています。そして『魔素吸収』と『魔力変換』と連動しており、この圧縮術式は常時発動し、刀身を常に圧縮するようにになっているのです。つまり──」
そこまで言えばあとは生徒達にもわかった。
『魔素吸収』 これは空気中の魔素を吸収する術式。
『魔力変換』 これは吸収した魔素を魔力に変換する術式。
この二つにより『圧縮』の術式は常に発動している。
そして魔剣に魔力を注ぎ込めば浅く刻印された圧縮術式は、容易く“乱れる”。
乱れた術式は十全に効果を発揮できず、解除される。
それが魔剣アヴウェノシアの仕組みだ。
魔力を注ぎ込む。
↓
圧縮術式が乱れ解除される。
↓
圧縮術式によって縮められていた刀身が元の大きさに戻る。
↓
物質操作の術式によって刀身の形を変える。
このプロセスによってロルビスの千変万化の魔剣が成立する。
これがロルビスの言った重要な『刻み方』だ。術式の組み合わせでも、素材でもない。
あえて浅く刻むなどの、工夫。それが大事なのだ。
「それと、これは余談ですが『魔素吸収』の術式は生物のとある部分に似ています。それはどこでしょう」
が、その問いかけに答えられる生徒はいなかった。
まあ仕方ない。これは一年生がやる範囲ではないのだ。
「答えは『心臓』です。あらゆる生物には少なからず魔力が流れており、魔力の元となる魔素を体内に吸収して魔力に変換しています。そして、その魔力変換は心臓を中心に行われています。『魔素吸収』の術式は心臓を模型に作られているので似ているんです」
そして、とロルビスは続けた。
「この事からわかるとおり魔力とは我々の内側から発生したものではなく、外側から取り込んだものです。魔力とは、この世界に生ける生物が魔に適応した形なんです。
──そして、その『適応』はまだ終わっていない」
ここ最近の魔力量と魔法適性、魔力保持者の平均をロルビスは見た。
そこには年々上がっていく魔力量と魔法適性。増え続ける魔力持ち。
それら全てが記録されていた。
そこからわかる事は──
「人類はまだ適応の途中です。数年、数十年、あるいは数千年後。魔力量の平均値、魔法適性、魔力保持者は更に多くなっていき、俺のような『弱者』は生まれなくなるでしょう」
これが後に訪れる『強者飽食時代』の素因である。
ロルビスのこの予言とも言える発言は、見事的中することになる。
これから先の未来、人はより魔へと適応していく。
変革していく。
弱者のいない世界へ。
皆が力を持つ世界へ。
強者が溢れる世界へ。
『力』の優劣がさらに顕著になる世界へ。




